”鬼才”というにふさわしい、黒沢清監督の最新作!
黒沢清は、個人的にはカリスマが一番好きだけれど、いつも「奇妙」なメロディーが鳴り響ているイメージがある…。
今回は、宇宙人の地球侵略もの!長澤まさみが妻、松田龍平が宇宙人に体を乗っ取られた夫。そして事件を追いかけるジャーナリストの櫻井も巻き込まれ・・・。
三人の宇宙人が出会う時、地球侵略が開始されてしまう!!
それを止めることはできるのだろうか・・・。というお話。
それにしてもこの秋は、日本映画の名監督が次々に作品を発表するから、お財布が軽くなるなあ(;´・ω・)
「散歩する侵略者」登場人物
- 加瀬鳴海(長澤まさみ)
30歳くらいのフリーのイラストレーター/デザイナー。地方都市に住んでいるようだ。自分を裏切って会社の女の子と旅に出ていた、行方不明の夫が帰ってきたと思ったら、まるで別人のようになっていて、振り回される日々。ひたむきなタイプに見える。
- 加瀬真治(松田龍平)
行方不明になって、急に帰ってきたと思ったら、すべてを忘れていた。すべて・・・というわけではない。妻のことは覚えているし、二人が夫婦ということも知っている。だが、最初は歩き方さえ分からなかったり「家族」という概念すら何かを忘れている状態。仕方ないので会社を辞めて(鳴海が辞職願を届けた)、自宅療養中。だが実はエイリアンに体を乗っ取られていたのだった・・・。
- 天野(高杉真宙)
宇宙人の一人。とある夫婦の高校生の息子を乗っ取っている。のらりくらりと、どこかのんきなペースで地球侵略の準備を進めていく。
- 立花あきら(常松祐里)
宇宙人の一人。女子高生の体を乗っ取っている。ちょっとドジでかつ攻撃的。善悪の判断もまだ人間から獲得しておらず、すぐに銃をぶっ放したり、殴る蹴るの体術で当局側の追手を次々と始末してしまう。
- 桜井(長谷川博己)
自称「社会派」ジャーナリスト。行くつもりはなかったバラバラ事件の現場に取材にいかされ、天野に声をかけられる。立花の友達で、立花を探しているから一緒に来てほしい、”ガイド”として・・・という天野を不思議がりながらも、好奇心か取材欲からか、承諾してしまい、テレビ局のバンであちこち走り回ることになる。離婚した妻と息子あり。
キャストは、他にもビッグな人々が、割とチョイ役で出ていた。鳴海の妹役は、前田敦子。(感じ変わっていて、全然気づかなかった・・w)
それに、神父さんで東出昌大、女医さんで小泉今日子が、ちょちょっと姿を現していた。
「散歩する侵略者」あらすじ(イントロダクション)
地方都市で働くフリーのデザイナー、鳴海の元に行方不明だった夫の真治が帰ってきた。だが、何らかのショックを受けたらしく、記憶障害がある。医者は、そのうち回復しますよ・・・というものの、鳴海が家で休んでろといっても、勝手に自宅を抜け出して、そのへんを徘徊し、草むらで倒れ込んでいたり、よそのうちと自分のうちの区別がつかず、近所の家に入り込もうとして止められたり・・・と、厄介な行動を色々起こす。
鳴海は、そのたびに心配して真治を探し回るものの、失踪している間か直前くらいに、真治が会社の女の子と浮気していたことがバレたため、真治に対しては憤りをぶつけている。
一方、近所では一家惨殺事件が起こっており、一人だけ生き残った女子高生が行方不明になっていた。偶然この都市に居合わせたジャーナリストの桜井が、現場で警察に聞き込み調査しようとしていたところ、一人の若い男の子が話しかけてくる。
年上の桜井を呼び捨てにしたり、どこか常識に欠けた奇妙な少年は、失踪した女子高生立花の友達で、彼女を探しているという。
そして、ガイドとして自分と一緒に立花を探しに行って欲しいという。
さらに、自分は宇宙人で、地球を侵略に来たんだ、という。本気にしない桜井。
少し不審に思いつつも、最終便まで時間あるからと、承諾してバンに乗せる桜井。テレビ局から借りたパラボラアンテナ付きのバンである。
やがて彼ら二人は立花あきらを発見。立花は「遅いよ~」とこぼす。
やがて桜井は、彼らが人から「概念」を吸い取るのを目撃してしまう。
宇宙人である彼らは、人間のことを理解するために、「家族」「仕事」「所有」などの抽象概念を、ちゃんと把握していそうな人間を見つけると、指を当てて、その概念を吸い取ることができる。こうして彼らはその概念を学習するのだが、それと引き換えに、人間の側からは、その概念がすっぽり抜け落ちてしまうのだった。
その際、人間は一時的に崩れ落ち、概念を失くしたことにより人格が変わってしまう。
たとえば「仕事」概念を奪われた仕事人間が、職場で紙飛行機で遊びはじめたり、「所有」概念を奪われた引きこもりの青年が、「みなが所有しようとするから、戦争がなくならない」といって街頭で演説を始めたりと・・・。
しかし、彼ら宇宙人の最終目的は、「地球侵略」だった・・。彼らは斥候のようなものらしく人間のことをある程度理解したら、仲間と通信して合図し、その時地球侵略がはじまり、人類は絶滅するのだという・・・。
残り時間はほんの数日。さてどうなってしまうのか・・?
「散歩する侵略者」を見た感想
全体の雰囲気は「世にも奇妙な物語」みたいな感じw
あの番組ってまだやっているのかな?タモリが司会を務める、奇妙なドラマのオムニバス・シリーズ。若い人は知らないかもしれないけれど・・?
ホラーというほど、ショッキングでセンセーショナルな映像を突き付けてくるわけでなく、日常と近いんだけれど、何かどこか日常が歪んで、妙な世界になっていく・・という、時空がゆっくり捻じれていくかのような「奇妙感」である。
これは結構、黒沢清監督の映画に一貫しているものだとも思うけれど、今回は特にその奇妙感が大きかった。ある意味「世にも奇妙な物語」の特別拡大版を見ているような気にもなった。
松田龍平の、とぼけ演技がイイ感じ
役者の中では、やっぱり松田龍平の、おとぼけた演技が良かった。色々な概念記憶を欠落してしまって、でも人間、真治としての記憶も残っていて、宇宙人の他の二人と比べて、なぜか頼りなくて、物静かでぼーっとしているように見える真治(宇宙人)。
松田龍平って、こういうどこか抜けているすっとぼけな役が妙にうまいよなーと思う。
長澤まさみは、いつの間に女の子から「奥さん」も似合う女性になっていたのか・・としばらく見ていなかったので新鮮だった。でも物語の都合上、終盤まではほとんどずっと、龍平に対して憤っているキャラクターだったので、ちょっと損している気もした。
ジャーナリスト桜井役の長谷川は、細身、髭、ちょっと適当だけれど、一緒に行動しているうちに、人類の敵であるはずの人間に情が湧いてきてしまうという役を、味わい深く演じていたと思う。(関係ないけど、黒沢清監督に少し似ていると思うのは私だけだろうか?)
終盤は「愛」にきゅんと来る
色々な概念を吸収する真治だが、まだ「愛」は吸収していなかった。神父さんに説明を頼んでも、聖書から難しげなことをアレコレ語られて理解できず。
そしてどうせ人類が滅亡するならば・・・と、鳴海は「愛」を真治に教えようとする。自分の中はそれでいっぱいだからと・・・。躊躇しつつも、それを吸い取った真治は、いつもとは逆に自分が「うおーなんだこれは」と倒れ込んでしまう。
・・・鳴海は「愛を知らないで帰っちゃったら人間を理解したことにならないから」と主張していた。人間にとって、一番だいじな概念ということになっていたのである。
このあたりの展開は、結構きゅんと来る。
だが本当に、「愛」って人間特有なのかしらん?と天邪鬼な私は思ってしまった。
「愛」てのはつまり、個体で断絶された一人ひとりが、もっと大きな存在である(宇宙とか、自然とか、、)に帰ろうとする衝動のことで、いわば生物の本能なんじゃないの?と思ってしまうからだった。生物ならみんな持っているんじゃないか?などと。
もちろん、人間はその衝動を「概念」化して、もっと複雑なものに作り替えているのではあるんだろうけれど。人間が特定の人を愛するように出来ているのは、頭脳が発達した生物ゆえの選別機能で、外見だけじゃなく、内面的にも自分と合うパートナーを見つけることで、よりよい子孫を残そうとしているのではないだろうか・・?
いや、分からないけど・・。
もしかしたら、アレかも知れん。今回やってきた宇宙人は、クラゲみたいに群体で生きる生物なのかもしれない。それだったら、個体が始めからないから、大きなものに溶け込もうという衝動=愛も、持ち合わせていないだろう。もともと、群体なのだから。
もしかしてこれはアルツハイマーについての映画なのでは?
あってるかどうかは謎だけれど「散歩する侵略者」は、アルツハイマー病についての映画でもあるのではないだろうか、と思ってしまった。
かなり似ている。アルツハイマーになると、抽象概念が理解出来なくなるそうだ。例えば「野菜」という概念が分からなくなって、「大根」と「キャベツ」が「野菜」というカテゴリーに入ることが分からなくなったり、「大根」と「キャベツ」の区別が付かなくなったりするらしい。(このケース反対にも見えるが)
今回、真治は最初「家族」という概念も分からず、鳴海の妹が遊びに来たときも、「義理の妹」が何かがよく分からない。ちょっと複雑な概念が入ってくると「それは何?」とぼうっとしてしまう。
そして、鳴海が「勝手に出歩かないで」と言っているのに、近所を徘徊してしまう。徘徊老人みたいだ・・。
そして鳴海は、真治の身体は本人でも、中身は別人になってしまっている(真治部分も残っているけれど)のに、やっぱりそれでも彼を愛している。
これも、痴呆症の家族を支える妻や夫にもありそうなことだ。もちろんアルツハイマーは宇宙人じゃないから地球を侵略しようとはしないけれど・・・。(しかし人類が皆ボケてしまったら、それはある意味侵略・・)
違うのは、真治は、これからまた一つ一つ人間界のことを学んで「新しい真治として生まれ変わる」ことが出来ることだ。「鳴海の理想の真治になるよ」と、いう。しかし宇宙人なので、真治はほとんど感情を表情に表さない。笑ったり悲しんだりしない。ただ淡々と無表情で、そういうことをいう。
なんか、その表情のなさも、かえって胸に迫るものがあったのだった。
桜井が宇宙人に愛着を抱き始めるのもいい
そして、半分ジャーナリストとしての使命感か好奇心から、宇宙人と行動を共にした桜井だが、次第に本当は敵なのに、彼らに親しみを感じ始めてしまう。そういうところも、何か人間臭くてよかった。
「奇妙な味」の映画だから、怖すぎない。ホラーはニガテな人でも見に行けると思う。もうちょっと上映時間は短めでもいい気もしたが、久々の奇妙な黒沢ワールドを味わうことが出来た。