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人生道草しまくり迷いまくりのstray dogが遂に故郷を見つけるまでの物語。

「影裏」沼田真佑を読んだ感想とあらすじ。釣りと煙草と日本酒と。【2017年上半期芥川賞受賞作】

 2017年夏の芥川賞が発表になった。多くの人の予想と異なり?受賞したのは、沼田氏の「影裏」(えいり、と読む。かげうらでなく)。五月に文学界新人賞を獲ってデビューしたばかりなので、トントン拍子である。

 はっきしいって、最近の芥川賞はつまらな過ぎて全くチェックする気がしていなかったのだが、これがLGBTを扱っていること、それに震災についても書いているということで、興味を引かれて読んでみることにした。

 

 とても静かで淡々とした小品だった。

 とても短い。

 この短さもあってか、途中で放り出したい気には全然ならずに最後まで読めた。

 他人の日記を読んでいるかのような感覚に陥るというのも、飽きなかった理由かもしれない。

 

「影裏」の登場人物

主人公(内藤)

 主人公の名前はほとんど出てこない。

 釣り好きの30代前半男性。二年前に岩手県に赴任した。しかし会社の同僚として知り合った日浅以外には、友達もできず孤独な日々。

 同性の恋人とは、二年前に別れている。

日浅

 内藤の同僚。釣り好き、車の運転が得意、山道に明るいアウトドア志向の男。

突然会社を辞め、葬儀会社に入社する。どこか謎めいていて、震災後行方不明になった。

副島

 主人公の元恋人。付き合っていた時は男性だったが、最近性別適合手術を受けて、電話の声はすっかり女性になっている。

鈴村さん

 内藤と同じ集合住宅に住んでいる。回覧板を雨に濡らすなと内藤を叱る、ちょっと厄介な独居お婆さん。昔教員だったことを誇りにしている。

日浅の父

 日浅とは、日浅が子供のころから溝があり、現在は家族として縁を切っている。長年役所に勤めていた。

 

「影裏」のあらすじ

 はっきり言って、語弊があるが何も起こらない小説といってもいいかもしれない。

ただ、淡々と日常がある。

 内藤は、赴任してきた岩手で、同じ会社の日浅と知り合い、釣り仲間として一緒に遊ぶようになる。釣りをし、一緒に日本酒を酌み交わし、時折同じ焚火の火を囲む。

 日浅には、どこかアウトローのような佇まいがある。髪も自分で切るし、スーツも着ない。携帯電話にしても、会社から支給されたPHSしか持っていないような人間だ。

 ところが、ある日、日浅は唐突に会社を辞めてしまう。

 携帯すら持っていない日浅に、内藤は連絡もできない。

 仙台まで出張に来ているという元恋人の副島からメールがあった。

 でも岩手まで来いとは誘えず、だが孤独感からホテルにいる副島と電話をする。

 

 しばらくして日浅から連絡があり、二人は久しぶりに会う。

 聞けば、日浅は結婚式やお葬式などを挙げる会社の、互助会加入に勧誘する営業マンとして働いていた。

 スーツを着て、ジェルでペンギンのように髪を固めて、見かけはすっかり変わってしまっていた。

 月間契約件数37件と、社内でもトップの営業マンだという。

 

 その後、何回かあったり釣りに行ったりするが、日浅はある時、内藤にも互助会に入ってくれ、と頼む、ノルマを果たせていなくて、今月中にもう一本契約を取らないと解雇されてしまうというのだ。快諾する内藤。

 一緒に焚火を囲み、一緒に泊まっていくかもしれない日、二人はやけに緊張していた。なぜか日浅は不機嫌で「ニット帽を男がかぶると牛乳瓶みたいで、みっともない」とか「駐車位置が悪い」などと内藤をなじり、仲たがいのようになってしまう。

 

 そして震災後、同僚に「日浅さんは死んだのかもしれない」と告げられて動転する内藤。しかも、日浅はその同僚にも互助会への入会を頼んでいたうえ、お金も借りていた。

 

日浅は釣りが好きだった。あの3月11日も、2時46分頃も、一仕事終えて、海岸に立ち寄って釣りをしていた可能性は大いにある。そこで波に飲まれた可能性もある。

 かつて一緒に飲み歩いた銘酒屋などを訪ねまわって、日浅を探そうとするも、見つからない。

 日浅と家族がうまくいっていないことを内藤はなんとなく知っていたが、とうとう最後の手で、日浅の父親を訪ねるのだった。

 父親は、内藤の知らなかった日浅の裏の顔を語るのだった。

 

 「影裏」を読んだ感想【ネタバレ有】

タバコ、酒、服などの小道具に思いが託されている?

 この小説は、本当に日記みたいに書かれている。

というのは、背景説明がほとんどないってこと。日記は、すべてを知っている自分が、自分が読めば分かるようなミニマルなことだけをノートに書き連ねていくものだ。

 他者に向けて、逐一書いてあることの背景を説明しようとはしないだろう。だから、他の人が読んだら、ぜんぶ解読できずに何らかの謎が残るものだろうと思う。

 この小説も、そんな感じ。

 風景描写などは、割合しっかりしているのだけど、主人公が何をどう感じたのかは、ほとんど語られていない。ただ事実を淡々と記していく中に、じんわり気持ちが炙り出されていくのだが、確信を持てるほどには、彼が何をどう感じていたのかよく分からない。

 そこが、独特のリアルな存在感ともなっているし、読者が容易に感情できなくて、場合によっては物足りなくなるところかもしれない。

 非常に内面描写はぼんやりと描かれている。

 

 ただ、小道具の描写がうまい気がした。

人を好きになると、その人が着ている服、吸っているタバコ、お酒、など全てをその人の一部のように魅力的に感じてしまうものだ。

 フランス煙草「ゴロワーズ・レジェール」とか、グリーンのポロシャツ、厚手のワークシャツ・・・などなど、日本酒の銘柄や煙草、服装などの渋いセレクションが、どこかそこはかとなく、日浅の汗や体の匂いを感じさせる気がする。

 主人公と日浅は、釣りや日本酒、タバコなどの、とても男くさい世界でつながっているわけだが、なぜか、そんなにマッチョな感じはしない。

 

震災もあくまでサラッと書かれる

 震災についても、日浅の失踪ということと、鈴村おばあちゃんが、集合住宅の住民に配ってまわった、元教え子の作文(震災について)以外では、それほど特別に描写されているわけでもない。

 そして震災を境目にして決定的に何かが変わってしまったようには書かれていない、もちろん日浅は行方不明になってしまったわけだが、それはあくまでも彼の以前からの問題と地続きのものとして提示されている。

 

日浅の影の部分も、曖昧である

 日浅の父親が語る、彼の影の部分というのも、いまひとつよくわからない。

日浅は、小さい頃から友達付き合いが変わっていて、ある時期ずっと一人だけと一緒に登下校すると思ったら、急にその友達に無関心になったのか、まったく別の人と仲良くなる、というのを繰り返してきたという。

 それに、都会の大学に通う四年間の間、父親は仕送りをしてきたのだが、卒業証書が偽造されたものだったことが分かる。日浅がこの四年間に何をしていたのかは、まったく謎に包まれている。父親は、あんなろくでなしが行方不明になったからといって、捜索願を出すのは世間様に申し訳ないとすら行って、警察にも訴えていない。

 そして、こういう日浅の謎はまったく謎のまま、日浅の尋常ならざる部分が父親から語られたところで、話は終わる、

 ので、ハッキリいってまったく分からない。

 ミステリとは違うので、謎は謎のまま終わっていいのが純文学かもしれないが、ちょっと物足りなさは残る。

 選考委員の一人、松浦理恵子は、これはあの震災で大切な人がいなくて、失える大切な人がいなかった人間たちの物語、という興味深い発言をしていた、

 

電光影裏春風を斬るの意味

 この小説のタイトル「影裏」は禅の世界の言葉「春風影裏春風を斬る」という言葉に由来するらしい。

 「影」というのは光の意味で、斬られそうになった禅僧が、私を斬ったところで、光が春の風を斬るようなもので実体がないし、魂までは滅ぼせない、という意味で言ったものだとか。

 にしても、この小説の内容と、どんなふうに関係があるのだろうかと考えてみたものの、あまり検討が付かない・・・。

 この作品は独特の、曖昧な、もやもやしたトーンで書かれているため、ある意味で現実感がないのだが、何もかもこの世は不確実であるよ、というような、そういうことを言わんとしているのだろうか?あー分からない。誰か教えてw

 

おわりに

 とってもシンプルで短い、小品だった。

感情に突っ込んでいかず、謎を解き明かすこともない、非常に抑制された語り口が独特だと思った。わるくないと思う。

 それから、主人公たちが食べる山女魚の炉端焼きが美味しそう・・。釣ったばかりの山女魚に塩ふりかけて、焚火で炙って食べるの。日本酒を啜りつつ・・。

 何か、炙り出しの文字のような奇妙な存在感があった。

 

 でもやっぱり、物足りなさは否めない気がする・・。

 やっぱり文学には、単に誰かの日記を読んでいるような感触だけではない、自分が思い浮かべなさそうな情景や新鮮な思考を求めてしまう。

 ぼやっとして曖昧で解釈しがたいのは、現実だけで充分だ。

 もっとコントラストの強いものを求めてしまう。

・・・ああ、やはり私は芥川賞の作品は読まない方がいいのかもしれない・・??

最近はすっかりSNSの世界に嵌ってしまっている私だ。

そっちの方がよっぽどエキサイティングなんだよねーー

(「JJ」という女子向けファッション雑誌に、自撮り用の背景が付録についてて吃驚した笑 誰もが日常を盛って物語に変えてしまう時代・・・。文学はどこへ行く・・・)

やっぱり、純文学はもはや変態しか読まないのかもしれない・・・。

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