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人生道草しまくり迷いまくりのstray dogが遂に故郷を見つけるまでの物語。

【改憲国民投票に備えてお勉強①】小林節「憲法改正の覚悟はあるか」を単なる文化系女子が読む

単なる文化好き人間で政治の話って苦手なんだけど、なぜかこんな企画。

いやあ、参院選が終わって、すっかり改憲の方に政府が動き出していく勢いですねえ・・・。天皇生前退位の影響とかも、これからどうなるか分かりませんが、今後十年くらいの間には、全然、憲法改正の国民投票が来てもおかしくないです。

タイミングとか、物事の進み具合によったら、三年以内とかもありうるかも・・・。

自民党の改憲草案が、やばそう過ぎることだけは、けっこう共有されているとは思いますが、

気づいてみれば、わたしも、全然詳しくありませんでした。国民投票が行われるのにこれではいかんと思い、これから少しずつ関連本を読んでいこうと思います。

そんな一人勉強会の記録。第一回目ー。

 

 

ほとんど自分用メモなので乱文ですまそ。

 

小林節「憲法改正の覚悟はあるか」レジュメ

本当は、もっとジャパニズム系の日の丸カラーが強烈なやつから始めたかったのだけど、入手できなかったので、参院選に「国民の怒りの声」という党で立候補してた、改憲派憲法学者の、小林先生の本を読むことにした。

 

レジュメなので、詳しく読みたい方は、原本あたってくださいまし!分かりやすくていい本でした。

 小林節さんプロフィール

小林節 - Wikipedia参照。

1949年生まれの憲法学者。東京都出身。2016年設立の政治団体「国民怒りの声」代表。

改憲論者として数々のテレビ番組に登場し

かつては「1億人を守る戦争で3千人が死ぬのは『コスト』のうち」といった乱暴な議論も行っていたが、日本政府によるイラクやインド洋への自衛隊員の派兵の際の成り行きを見て「こんなインチキな手段で(憲法を)改正されてはいけない」という思いを強くし、また娘が成長するのを見て少しずつ考えを改め、平和であることの意味を深く考えるようになったという

 人命を「コスト」と言い切っていたあたり、なんとも・・・汗 よく変わりましたね。

 さて、この本で小林先生は、ともかく自民党の憲法改正草案を痛烈に、徹底的に批判している。

順に見ていこう。

 

憲法は、本来権力者の暴走を止めるためのもの

「憲法」が誕生した歴史的経緯をみると、最高法規たる憲法は、本来、

間違いをおかす不完全な存在である人間、時の権力者が間違って暴走することのないように規律する法である。

ところが自民党の改憲案では「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と、逆に権力者が憲法をかたにとって国民を躾ける、という文章に改変されてしまっている。

これはアベコベ。

 

よく議論になるのは、

「主体は国民だ。国家は国民のために働く装置である」という主張に対して

「国民と国家は一体化された運命共同体である」(太平洋戦争時はこちらの考えが取られていた)という主張がぶつかりあうからだ。

 

でも「国家」って何なの?と小林先生は提示。「国家」というのは、単なる抽象的な法人格に過ぎない。

実際にそれを体現して一般国民の前に現れているのは、「国家権力担当者」である。

 

国家と国民って本当に運命共同体なのか??

→ここは私のコメント

 すると、ある意味「お国のため」というのは、「政府権力者、官僚のため」と言い換えることも出来るのではないだろうか。

 実際に、第二次大戦の時は最終的には「日本国」「国体」というのは「天皇」に集約された。つまりは、「天皇お一人を守るため」残りの日本人すべては命を捨ててもいい。という状況になっていた。

 「国のため」といって命を捨てていると、だんだん末端の若者から削られていって、最後には天皇しか残らなくなってしまう。

今ではどうだろう。天皇がまた神扱いされるのは、ちょっと現実味がないかもしれない。ではたぶん「国家」といいつつその実際の構成要素は、「官僚や大企業の幹部、政治家」だけなのではないか。

もし戦争になったら、政治家や官僚は、庶民を捨石にして、自分たちさえ生き残れば「日本は守られた」と言ってはばからないのではないかと思う。

これは社畜問題に近いかもしれん・・・。

会社のため、生活を犠牲にして必死で働いてきて、ある時突然リストラされる。この時はじめて、自分と会社は運命共同体などではなかったことを悟って打ちひしがれちゃうorz

うん、やっぱり会社とサラリーマンの関係が一番近いかもしれない。

会社が潰れると、サラリーマンは困るが、新しい仕事を見つけることもできる。逆に、サラリーマン一人が潰れても、会社は一向に困らない。

会社が危機にある時、会社はサラリーマンを解雇できる。

もちろんサラリーマンが他の企業に移ることもできるが、関係は非対称で、運命共同体といっても、相当程度、会社が有利にできている。

同じように、国は危機にある時、国民の命を兵士として道具に使うことができる。道具にされた兵士は、結局守るべき国民には組み入れられない。すると、いつまでも守られる部分(政治家、官僚、大企業の幹部)だけを、国の本体部分と呼んでもいいかもしれない。

・・・長くなってしまったがともかく、「国家」を「国民全員の集合体」と単純にとらえることはできない、ってことだろう。

それは、「わが社と君は運命共同体だ!!だから過労死するまで働け!」っ会社に強要されたら、誰だって疑問を持つのとおんなじだ。

ある程度の運命を共有するにせよ、完全に一体ではない。

どこかで線を引くのが、健全な企業である。

「ワークライフバランスを大切に」というやつ。

 

(「国家」と「国民相対」の間の、違和感を埋めるために「国体」という言葉が鋳造されたのかも戦時中は。本来は実体を持たない「国」に、具体的な「体」を持たせたかったのかも)

 

「国防軍」という名称は問題ない

本来、軍隊とは「不当な侵略者から国を守ることで、国民の自由で平和な生活を間接的に確保する」ものだと小林節先生はいう。

だから、「軍」と明記しても構わないと。

この点については、自民党の草案も評価している。

 

「海外派兵」は国会の多数決で決めてはいけない

国の存立にかかわる海外派兵を、時の政府の意向だけで独断できてしまう仕組みでは危ない、と小林先生。

「国連決議」「国会の事前承認」などの制約を付ける必要がある。

アメリカ、ロシア、中国など様々な国が一致して、国際的コンセンサスの取れた状況下でのみ派兵するのと、アメリカだけが賛成する戦争に派兵するのとではわけが違う。

だから、多数決だけで派兵できるとする点については、問題であるという。

 

「家族は助け合わなければならない」??

「法は道徳に介入してはならない」という観点から、小林先生は自民党案第二十四条に入れられた「家族は互いに助け合わなければならない」には断固反対している。

なぜか。もちろん、家族が仲良く助け合うことは望ましい。皆それを望んで結婚したはず。だけれど、人生の現実というものがある。例えば、破綻した婚姻は、離婚する方が合理的だ。最上位法である憲法で「家族は助け合え」と命じた場合、離婚は明白に憲法違反になってしまう。

道徳は、お節介な法によって強制されてはいけないのだ。

 

→わたしのコメント

もちろん、幸せにうまく暮らせている家族はいいかもしれない、けれど何かどうしようもない事情があって、うまく互いに助け合うことができない家族だっている。そんな人たちが、犯罪者扱いされてしまいそうなのは、ありそうかもね・・。

 

「日本は改憲のハードルが高い」は本当?

自民党は、日本は憲法改正条件が特別厳しいから、緩和しなきゃと主張してる。

でもそんなことなもなくて、例えばアメリカは「上下各院の3分の2以上による提案で、全米50州の4分の3以上の州の承認を得ること」が条件だ。

日本より厳しい。それでも30回近く改正されてきている。

日本で現在まで改憲がなされてなかったのは、自民党自体が論議を回避してきたし、現在の草案のような、説得力のない案を持ち出してきたことにあるという。

だいたい、憲法は国家の基本法なので、簡単に変更できるようでは国家の屋台骨がぐらついてしまう。

 

「国旗及び国歌を尊重しなければならない」?

 小林先生は、愛国心を憲法で強いる必要はないという。

「この国に生まれて良かった」と国民が思えるような政治が行われていれば、自然な感情から、自分の政府への親しみが持てるだろう。

 

それに、これを憲法で規定してしまったら、卒業式で国歌をうたわない生徒が「非国民!!」と逮捕されてしまうかもしれない。それでは北朝鮮と変わらない。

 

「個別的自衛権」の対処範囲

この本は、自民党改憲草案自体から離れて、集団的自衛権に関する、政府の議論のおかしさも、逐一指摘してくれている。

例えば政府が主張する海外派兵の条件に

「日本と密接な他国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、(かつ)、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を挙げている。

 

これは現実的に考えると「朝鮮事変」だろうと小林先生。つまりアメリカ韓国連合軍と北朝鮮軍の衝突。

けれど、それは在日米軍基地有事でもあり、日本を守る通常の「個別的自衛権」で対処できるという。

 

まとめ

「憲法改正の覚悟はあるか」の末尾には、小林節氏の論点が、簡単にまとめられている。この中でも個人的に大切かな、と思ったものを引用しておく。

  • 憲法が政権以下の権力担当者たちを規律する法である以上、国会の議席の過半数を握っている政府与党によっても簡単に改憲の提案ができないように、憲法改正の条件は厳しく設定することが世界の常識である。 だから、権力者の側から改憲のハードルを下げようと提案することは、憲法破壊の始まりで、警戒すべきことである。
  • 政府が「解釈変更」の背景だとする国際情勢の変化(突き詰めて行けば、中国の尖閣諸島に対する領土的野心だけ)は、日米安保条約が正常に機能している限り問題ない。その点では、米国の世界戦略のために300余の米軍基地を日本の予算で維持している以上、不安がる必要はない。
  • 日本のために日本近海で活動中の米軍を自衛隊が防護することは、わが国の自国防衛権である従来の個別的自衛権で説明できる。

 こんな感じ。

てなわけで基本的に、小林先生は、日米安保条約ありき。その上で、何千年も続いてきたキリスト教圏とイスラム教圏の対立に、第三者であるわれわれが、のこのこ巻き込まれにいくのは愚策であると主張されているように感じられた。

また、自民党改憲草案の中で、憲法が一部官僚や政治家の暴走を止めるのでなく、逆に権力者が国民を縛り付けるのに都合のいいものになってしまっていることに危機感を持たれているようだった。

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