ちょい虹:映画情報

人生道草しまくり迷いまくりのstray dogが遂に故郷を見つけるまでの物語。

広告業界は本当にブラックなのか?電通過労死問題や、サントリーの頂CM炎上問題について、とりとめもないメモ。

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 最近は、日本全体のヤバさが色々目につくようになってきてるけど、ここのとこ、チョコチョコ広告業界の話題が上がることがある。

 そこで、元業界のすみっこにいたものとして、広告業界の実態やら、問題点についてメモしておこうと思い立った。

 とはいえ、注意書きとしては、これは何年も前に勤めていた一個人の感想であって、決して業界全体のすべての会社について把握したものではないのである。もしかしたら全然的外れなこといっている部分もあるかもしれない、、てのが一つ。

 それからもちろん、中にはホワイトな会社もあるかもしれないし、そして個人の感じ方の違いというのも大きい。そこそこ楽しく生きてる広告人達だって沢山いるのは事実だ。

 要は、そこの体質が自分に合うか会わないかって、ことだと思う。

 

※ かなりとりとめない文章になってしまった。

 

 

広告業界は本当にブラックなのか?

 なのだけれど、改めてこう聞かれたとしたら、「それはもう、真向ブラックですよ。カラスの濡れ羽色並みにブラックですよ」と答えるしかない。

・・・なぜか。

 

休めない。

 まず、忙し過ぎる。終電で帰るなんてザラである。

・・・というか「ああ良かった、今日は終電で帰れた!」というレベルで忙しい可能性が高い。三日くらい徹夜とか、1週間は会社近くのホテルに泊まり込みとかは、冗談でなく、よく聞く話だ。

 他にも、某D社では土日も滅多に休めず、プライベートの時間がないとかも聞いた。汐留にある電通ビルは、包丁のようにシャープな輪郭をした、総ガラス張りの、それはそれはモダンなビルディングである。

 で、ここの1階か2階部分にはジムもあって、運動器具が備え付けられている。これは通りから眺めることができる。もちろん、「社員の健康保てる、イケてる会社だぜ」という最先端感を醸そうという意図があるのかもしれないが、外からそこでクルクル運動している人々をみると、なにか、ハムスターが檻の中で一生懸命、輪っかを回しているようにも見えてきて、切ない・・・・・・。

 要はでも、会社帰りにジムに行く暇もないから、自社ビルの中に作っちゃおう、という発想なのではないか。

 遅くなってもタクシー代は会社が出してくれるから、そこは楽といえば楽だが、やっぱり長時間労働はキツイ。

 睡眠薬飲んでいるとか、味覚異常があるとか、そういう話は普通にある。もちろん耐え抜ける人もいるから業界が動いているわけなのだけど。

 

 なんでこんなに忙しいのか。

やっぱりデジタル化というのも一つ大きいと思う。昔はデザイナーも、紙に手書きでトンボ引いて、ラフを切っていたものだが、コンピューターが導入されてからは、皆モニターに向き合ってひたすらイラレ等で作業している。

 で、こういうイラストレーションソフトを使うと、果てしなく完成案に近いものまで作り込めてしまう。だからクライアントもそれを求めてくる。

 すると、4~5案くらい案を出すとして、それを完成に近いクオリティにまで仕上げないといけないわけだから、当然労働時間は増えてしまうのだ。

 日本社会に巣食う「少しでもいいサービスを」という「お客様第一主義」がここでもまわりまわって自分たちの首を絞めているという構図がある。

 こういう不合理な潔癖主義というか完璧主義は、日本の労働効率を明らかに下げているのだろう・・・。

 

競争による嫉妬。 

 そして、ある程度大規模な広告会社になってくると、ギラギラとした権力欲も渦巻いてくるようだ。特に、クリエイティブ職以外。クリエイティブだと、実力が明らかに、形になって外に見えるから、スッキリしている。(異論もあるかもしれない)

 けれど営業やプロモーションなどだと、はっきりいって実力の差というのは見えにくいものがある。すると、無根拠な嫉妬心が発生しやすくなるようだ。

 睡眠時間足りてないと、人間は苛々しやすくなるものだし、鬱になりがちなのがまた拍車をかけているのだろう。こうした人間関係のドロドロによって自殺に追い込まれたケースというのも、耳にしたことがある。

 

「うさぎ跳び万歳」なメンタル。 

 これは広告業界に限らず、日本社会全体に言えることだけれど、いまだに「根性論」が蔓延している。間違った体育会系メンタリティだ。

 「うさぎ跳び」10週して精神を鍛える!とか、科学に基づかない、身体を痛めつけるだけのトレーニングをしてきた日本体育会系。

 「死ぬ気でやれば勝てる」と無謀な戦争をした旧日本軍から、そのまま受け継いでいるメンタリティである。

 体が疲れてフラフラになればなるほど、「ああ仕事した!」と思いこんでしまう妙な心性があるのだ。

 それを良しとする風潮があるから、無意味な残業でも許されてしまうし、働いているうちにだんだん、こうして無意味に忙しくすることに誇りと快感を感じ出してしまうという変な構図がある・・・。

 欧米だったら、広告会社だろうが官庁だろうが、日本みたいに体を無駄に酷使する変な働き方はしないで、スマートに効率的に時間を使って、早く家に帰って、家族と過ごしたり、趣味の活動に時間を使ったりするものだ。

・・・なんなんだろう、日本人って「ボーン・トュー・ビー・マゾヒスト」なんだろうか・・・。

 

電通過労死問題について考えた  

 たぶんこれも、いわゆる「日本のエリート」が崩壊し出している現象の一端だと思う。政治、行政官庁、そして第三の権力と言われるマスコミ――この中には、新聞・テレビ、そして広告業界が入る――この劣化は、もう誰が見ても明らかなほど激しくなっている。

 過労死してしまう人は、なぜそうなる前に辞めてしまわなかったのだろうか。辞めればいいのに、辞められない。それが挫折になってしまうからか、親の期待を裏切ってしまうからなのか。

 特に、日本の偏差値優等生達は、無意識に、ひたすら誰かの期待に応えるためだけに頑張ってしまう傾向があるようだ。これも封建的な滅私奉公の名残りなのかもしれないが。

 個人よりも組織を大事にする。個人のしあわせよりも、組織への貢献を優先。そしてそれが全体の利益に結び付くどころか、社会全体を窮屈にしている。

 期待に応えられない自分には価値がないと思ってしまうのだろうか。

しかし、期待を押し付けてくる誰かが、いつも正しいとは限らない。世間一般の価値観を批判的に見ることが出来ていないのかもしれない。

 日本の教育が、ともかく「空気の読み方」だけ熱心に教えて「ものごとを疑ってかかる=批判的思考」を教えないのは罪だろう。良く言われるように従順なロボットの製造工場になってしまっている。

 そして、どれだけハードに仕事をしたかで、有能さをはかるような風潮がある。なぜこんな我慢大会みたいなことをしないといけないのだろう。

 電通というのは、戦時中から国の国策機関だったから、今でも旧日本国のダメなところを濃厚に引きずっているのかもしれない。

 やせ我慢。権威主義。それに体育会系的な女性蔑視。

 自殺してしまった彼女だって、東京大学出身の優等生で、しかも美女。電通がいかにも採用したがるスペックだ。

 

広告業界も安泰ではないかもしれない

 それから、彼女がインターネット広告を扱う部署に配属していたことも、象徴的だ。人手不足で大変な部署だったという。

 何しろ、広告予算は、今、ネットへとどんどん移行しつつある。

 それはそうだ。インターネットの普及によって、テレビの視聴率も、雑誌の部数も激減している。皆が目にするところに置かないと、広告の意味がない。

 実際に元同僚によると、広告業界では、どんどんウェブサイト制作や、アプリ作成、オンライン広告の比率が増えているという。

 この先もこの傾向は続くだろうから、大きな予算が動いている広告業界といえども、今までと同じ業態でやっていける保証はどこにもないだろう。各社の戦略によっては業界地図が書き換わる可能性も多いにあると思う。

 

サントリーの「頂」CM炎上問題

 この「絶頂」CMの件では、随分と炎上しているようだ。確かにフェミニスト的な見地からすれば完全にアウトだ。

 「コック―ん」の「コック」が、どう考えても男性のアレを指すだろうことや「絶頂」というタイトルやら・・・あきらかに製作側は狙って作っている。

 「深読みし過ぎなんじゃないの」という意見もあるけれど、そんなことはまずない。製作サイドというのは、あらゆるディティールや、言葉遣いの一語一語にまで、神経をはらって、それがどういう効果を生み出すのか、入念に計算して作っているものだ。

 視聴者の数十倍は、そのCMが含み得る意味について理解している。

 だから、まあ「エロ」を狙っているのは間違いない。

 

 それに「女性をご当地品みたいにモノ扱いしている」とか、胸や棒やら強調しているとかも、全部当たっているだろう。

 「男性の馬鹿さ加減があらわされている」し、自分を「馬鹿にされた」と感じた男性もいたというのも、その通りだろう。

 個人的には、いかにも男性優位な体育会系価値観が支配的なD社が作りそうなCMだなあ、と思った・・・。

みな「サントリー」のCMとか言ってるが、こんなのサントリーでも何でもない。

品格ある広告を維持してきたサントリーの色というのは、全然なくて、(実際に、サントリーの名コピーは多い)もろに広告代理店色が出てしまっている。

 ただ、別に個人的に凄く「不快」ってことはなく、単に「馬鹿だな~~」というのが感想だった。

 「男子のおバカさまるだし」CMで、ある意味爽快ですらある。そして炎上を狙っていた部分もあるのかもしれない。それが本当だったとしたら、さもしいといえばさもしい。

 ・・・でも、これが誰にも知られていない小さな酒造会社の広告だったら?「何この馬鹿なメーカー!」ということで一躍話題になれ、商品がヒットしたかもしれない。その企業イメージはしばらくつきまとうだろうけれど・・・。

 だから、こういう馬鹿なCM自体が、一概に悪いともいえないのだ。

 大御所であるサントリーが、品格を崩すようなCM案を認めてしまったから。問題になったので。

 

(私はフェミニストだが、そこまでこのCMに不快にならかった。理由としては、「すごおい、一流企業💛」とか「二人っきりになっちゃいましたね💛」とか、もう臆面もなく妄想をさらけ出している感じが、ある意味気持ちよくて、多くの人には「妄想だよなコレ」と分かる、パロディ的なものになっていたからかもしれない。

 でも勿論、抗議する人達の理屈は分かる。この話は長くなりそうなので、ここでは書かない)

 

 でも何よりも、「広告なんて所詮そんなもの」だからと認識しているからだ。

 広告は、人目を引けば勝ちなのである。いくら業界人が自分たちを「クリエイター」と呼ぼうが、所詮はクライアント企業の商品を売る、サンドイッチマンに過ぎない。

 だからだろうか、広告業界人には、時折非常になんか「胡散臭い」オーラが漂う。

 もちろん、素敵なデザインや言葉、CMが生み出されて、商品とは別個に人の気持ちを動かすことはあるだろう。

 でも根本的には結局、商品に仕える存在なのである。広告なんて、それ以上でも以下でもない。

 

広告業界について、散々Disったけど・・・

 広告業界は、いいところもある。

一つは、人間関係さえ良い職場だったら、趣味が合う人達とたくさん出会えるかもしれないことだ。なんだかんだいって、アートや音楽、本などカルチャー好きは集まっている。

 仕事の合間にでも、仕事の最中にでも、展覧会とか一緒に身に行けるかもしれないし、プライベートでも遊べるような同僚ができる可能性は結構ある。

 

それから服装が自由なのは嬉しい。

スーツ着なくていい。レゲエ兄ちゃんだろうと、アナキストっぽかったり、Tシャツでもアロハでもロン毛でも金髪でも問題ない。

これは、とっても楽。

 

そして仕事中、暇な時はけっこう好き放題にできる。ネット見まくったり、散歩しに行ったり映画見に行ったり・・・就業中に好きにフラフラしてもいい業界というのは少ない気がする・・・。

 

この働き方、ダサい!と言えるようになろう

 結局、広告業界がブラックなのは間違いないのだけど、この業界特有の問題は少なくて、日本社会全体の問題だろうという気がする。

 日本の一人当たりGDPは、先進国の中でも低い。労働生産性が低いのだ。

この背景には「うさぎ跳び賞賛マインド」や、「家族やプライベートを大切にしない価値観」「個人よりも集団の優先」など、前近代的な価値観がいまだにはびこっていることがあるだろう。

 若い人は、もし就職した先がブラック企業で、そこで何も得られるものがなさそうなら、すぐに辞めてしまっていいと思う。生きる方法は、幾らでもあるものだ。

 狭い日本にこだわらずとも一、二年広い世界のどこかをフラフラしてくるだけでも大分、違う世界が見えてくると思う。外から見た、日本社会の奇妙さも見えてくるし、色んな価値観やとんでもなく多様な生き方が、世界ではまだまだ可能なんだということを、実際に見ることができる。そういう経験は、何にも代えがたい一生ものの価値になると思う。

 ともかくみんなが、もういい加減に、現状のこういうやせ我慢みたいな働き方はダサい!とハッキリ言えるようにならないと、事態は変わっていかないだろうと思う。

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