今年2017年夏の、直木賞候補作、「あとは野となれ大和撫子」を読んでみましたのでレビューします。
…最近、芥川賞があまりにつまらんので(;^_^A、
どっちかというと純文学の方が好きなんですが、読者サービス精神のある直木賞の方に食指が動いたというわけです。
(最近は、芥川と直木、両賞の間に、あんまり差がなくなってきてるとはいいますけどねー)
宮内悠介氏は、近年芥川賞と直木賞の両方の候補に上がっている、期待の作家ということです。
「あとは野となれ大和撫子」舞台設定
この作品の魅力の大半が、何より、興味深い舞台設定にあると思いました。
半分架空、半分リアルな場所を設定してるのでした。
舞台は、「アラルスタン」という小さな国。
「~スタン」系の国って、一部地域に集中してますよねーー
「ウズベキスタン」「カザフスタン」「アフガニスタン」など・・、中央アジアから中東にいたる地域ですね。
これらはアジア人やら中東人やらの行きかう、イスラム教徒の国なわけですが・・・。
んで、「アラルスタン」というのは、架空の国。
「アラル海」が干からびてしまった後に、建立された独立国という設定。
・・・んあ?「アラル海」ってどこよ?
って大抵のひとは思うでしょうね。
私もそう思いました・・・。
私の脳内地図では、西方といえば、とりあえず中国と、その上のでかいモンゴル、さらにでかいロシア、そこから飛んで、アフガニスタン、イラク、イラン、トルコ、それからヨーロッパ・・・ていう感じで、この中央アジアは、すっぽーんと記憶から抜けていたわけです。
実際は、中国の横に、モンゴルよりどでかいカザフスタンという国があり、このカザフスタンとその南のウズベキスタンとの境目にアラル海があったのでした。
ここからは、ロシアも中東も中国も近いし、大国もない・・・。
この中央アジアは、昔から地政学的に様々な勢力にどうしようもなく翻弄され続けてきた場所のようです。
アラル海というのは、旧ソ連が、大規模灌漑を行って、その大部分が干乾びてしまったという、最大級の環境破壊が行われた場所。
しかも、ソビエト政府は、アラル海にあった島を生物兵器の開発場にしていて、9.11後も、ここに残されていた何百トンという炭疽菌を、アメリカの科学者が中和するために派遣されたといいます。
そういう大国から蹂躙され廃棄されたような場所で、立ち上げられた独立国家がアラルスタン。
しかも、伝統的なイスラム国家と違って、自由主義の風が入っているのが面白いところ。女の人はヴェールをかぶらなくても良かったり、ジャーナリズムが機能してたり・・・。
何より、元の後宮(大奥的な場所)が今は改装されて、王様の愛欲には捧げられておらず、教育機関になってるのが面白い。
一種の学校のような場所で、女の子達だけが集められ、ここから国家のエリートが選ばれるという・・。男性優位の伝統的イスラム体制ではありえないような、女性解放度です。
こういう舞台設定が本当にあり得そうだし、大国に押しつぶされてきた少数民族に共感する作者のスピリットが現れているように思えました。
「あとは野となれ大和撫子」登場人物
- ナツキ
元(?)日本人。父親がエンジニアでアラルスタンに駐在中、勃発した内戦に巻き込まれて孤児になってしまう。路上で声をかけられ、高宮に引き取られる。
割とおとなしい方だが、国防相になると冷静で大胆な面を発揮。
- アイシャ
高宮のリーダー的存在。議会の男達が逃亡してからは首相の座に就いた。「睡蓮の微笑み」で周囲を魅了するが、長老ウズマには「独裁者の素質がある」と疎まれている。
チェチェン出身。
- ジャミラ
後宮の一匹狼。ナツキの最初の友人になる。アフリカのケニア出身のはずだったが、実は聖ペテルブルクの出身だったことが後で分かる。チェルノブイリの被曝二世。
- ナジャフ
アラルスタン・イスラム運動(AIM)の若い指導者。AIMは、伝統的イスラム主義を唱える反政府組織。
- イーゴリ
謎の吟遊詩人兼、武器商人。慇懃でいちいち動作が演劇じみている。神出鬼没で、裏で何をしているのか不明のトリックスター的存在。
- ウズマ
- 通りすがりの自転車バックパッカー
面白いアクセントを加えているのが、この自転車バックパッカー。日本から来た、お調子者っぽい旅人。自転車でユーラシア大陸を縦断する途中なのか、アラルスタンという辺境の国までやってきて、物語とは直接かかわらないのだが、意外と決定的に重要な役目を果たす。彼の旅日記が章の間に挟まれてて、ちょうどよいリフレッシュタイムになる。
「あなたほど美しい人を見たことはありません」という現地語を一生懸命覚えている。
「あとは野となれ大和撫子」あらすじ
中央アジアの辺境にある独立国家、アラルスタン。
そこは大国から虐げられてきた中央アジアの遊牧の民が、様々な出自を超えて集まってくる自由な国家・・・。
ここの後宮でナツキは、仲間たちと日々、国政に携わるための教育を受けて過ごしている。
紛争など苦難の土地から逃れてきたメンバーが多いが、アラルスタンの毎日は穏やかで、仲間たちとの不和もありつつ、割合平和な日々を過ごしていた・・。
だがある日突然、人々に慕われていた宰相が一発の凶弾に倒れ、無政府状態になってしまう。
しかも、国会議員の男たちは、こぞって国外逃亡してしまった。このままでは、危機につけこんで近隣国が軍隊を送り込んできて、占領されてしまう可能性がある。
しかもイスラム主義「過激派」達も、この機に政府をひっくり返そうと出撃してきた・・・・
この危機に対処するため、アイシャ、ナツキ、ジャミラ達後宮(ハレム)の女の子が、政権を引き継ぐしかない・・!と奮闘を始める。
「あとは野となれ大和撫子」を読んだ感想
とにかく舞台設定が巧み!というか、思いがこもっているなあ~と感じた。
大国に翻弄される中央アジアの小さな独立国家、という設定も、日本人離れした発想かもしれない。中国までは頭に浮かぶが、中央アジアの地図は ぽっかり空白になっていて、あとはヨーロッパまで飛ぶという、のが、平均的日本人の脳内地図だと思うので・・。
そして、かなり現在の問題とか政治状況というのが意識して書かれてるところも好感を持った。
ナジャフなんかも、ターバンを巻いて迷彩服を着た、ゲリラの若者なわけだが、狂信的な過激派とは違う。
「我々としては、法外な身代金を要求したり、見せしめに捕虜を殺したりする意図はないということだ」
「世俗に流れず、誠実にアラーを信じ、祈り、貧者に分け与え、共に助け合う……」
「俺たちが枠組みのなかでの政治参加をしないことについて、批判があることは承知している。だが、俺たちはまた、政治参加できない民こそを代弁する者でもある。その民とは誰かー」「彼ら死者たちだ。ソビエトの唯物論とやらに押し潰された物言わぬ死者を、そしていまなお世俗化の波に呑まれ、制度の外へ追いやられた数多の民を俺たちは代弁する」
とまあ、こんな感じでナジャフは演説。
「過激派」というと、単に無差別テロ繰り広げる極悪集団というイメージが強いけれど、そもそも、なんでああした行為が起こるのか。
その根源には、ソビエトやアメリカやら大国の思惑によって「押し潰された死者たち」が無数に存在してるからだ、ってことを気付かせてくれる。
それから、「国」というのも、単なる一つの制度ってこと。
日本にいると、国っていうのは、自明で、空気のようにそこにあるもの、っていう感じがしてしまうが、歴史上幾つもの国は滅んできたし、今でもそうだ。
消滅するときは消滅する。んで、戦争な内紛などで国が揺るがされる時、そのシステムは機能しなくなって、そこからあふれ出した人々が「難民」化するし、まー、移民なんか考えると、もっと複雑。
税金おさめてても選挙制度には入れてもらえなかったりもするし。
女の子だらけのストーリー
そんでもって、こういう政治思想的なものが絡んだ話って、マッチョな男どもだけの物語になりがちだけど、そうじゃないのがいい。
なにしろ、主人公達は後宮の学生なんだから、みんな女の子たち。
ZARAのスカーフやら、コスプレが好きだったりするガールズである。
最近「女子」「ガール」を語尾につけるのが流行っていて「ハンター女子」とか色々いるが、彼女たちは、「独立国家女子」とでもいうべきか??
・・・しかも、かといって特別に「女子感」をプンプンさせて、「女子」を売り物にしてるわけではないとこも良いとこかも。ストイックに、サバサバとやるべきことをやっていく。
こういう感じが、すでに女性がバリバリ社会で働いている現代の状況にふさわしいかもしれん。現実とは関係なく、いまだにアニメや小説では、やたら女っけをまき散らすキャラ造形が多い気もする。
後半がスリリング
前半と後半では、別々のエピソードみたいになっていて、前半が暫定国家立ち上げから、ゲリラ襲撃に対処、まで。後半が、謎の吟遊詩人イーゴリなどの秘密が次々と明かされるストーリーになる。
同時にアイシャを暗殺しようとするウズマの陰謀が動いていたり、ハラハラさせられるのは後半。
ちょっと「匂い」が足りないとこも
物足りなかったとことしては、エンタメ小説っぽく、そんなに人物造形は掘り下げられてはないこと。なので、一人ひとりがキャラとして立ちあがってくる力は弱かったかも。そこで、物語を貫いている、一種の熱さや独立志向には共感できるのだが、登場人物の誰かに共感できるかというと、あまり深くはできない。
アラルスタンは色んな文化が流れ込んでくる国でもあったので、もっと気候や食べ物、人々の様子などが「匂い」として体感できるような描写があっても良かったかなあと思う。そしたら、もうちょっと異国を旅しているような気分が味わえて楽しかったなあと思う。
まとめ
とにかく、最近の日本をみていると「国って一体何なのだ??」と根本的な問いにぶつからざるを得ないのだが、そういうとこにこの「独立国家」というモチーフは、今日的なものだと思う。
チェルノブイリなども出てきて、現代の問題にアクチュアルに接続していってる部分がとても良かった。しかも強くてしなやか(撫子??)な女性主人公達を、男性作家が書いてるっていうのも◎。
純文学好きとしては、ポエジーみたいなのが、もちっと文章に出てきてくれたら嬉しいのだが・・。
宮内悠介氏のこれからに期待したい。