「送り火」は傑作です!ウォッカ・ズブロッカのような、強い酒に酔え!といった喉越しの一冊です。火のように熱い酒に酩酊する心持ち。
「送り火」が芥川賞を受賞しました!。昨年の「おらおらでひとりいぐも」の方が衝撃度は高かったですが、とにかく、巧い!
不気味さと不吉さと暴力を描き出すのが非常に上手な作家さんだな~と思いました。
低迷が続くここ何年もの芥川賞界隈の中では、賞の名にふさわしい、よくできた作品の一つといえるかと思いました!
舞台はまだ河童などの因習が残る田舎なのですが、土俗的な信仰の不気味な香りがホラーに結びつくのではなく、少年暴力に結び付くという、なかなか舞台背景がきいております!
では、感想やあらすじなど、レビューしたいと思います!
「送り火」登場人物
- 歩
中学三年生。親が転勤族なので小さい頃からしょっちゅう転校を繰り返してきた、典型的な渡り鳥。背丈は小さくて華奢だが、心は結構たくましく、社交性があるので、新しい学校にもすぐ馴染んでいくことができる。
- 晃
歩の転校先、青森県(と思われる)の中学校のクラスメイト。少人数学級だが、男子達の中心的人物。以前、級友である稔の頭を金属で殴って、何針か縫う怪我を負わせている。いつも稔を虐げている。行動が突発的で何をするか読みにくく、危なっかしい。
- 稔
小太りで、八の字眉毛をした、気の弱い少年。口数が少なく、罰ゲームを無理やりやらされる時も、常に半笑いを浮かべている。両親はコロッケ屋さんを営んでいて、このコロッケは美味しいと評判。
- 藤間
少年たちの中では、晃に次いでナンバーツーの位置づけ。背が高く銀色の眼鏡をかけている。町医者の息子である。
- 歩の父と母
父は典型的な都市部で働くサラリーマンで、パリッとしたスーツにクオーツ時計の姿は、授業参観では農村の人々から浮いている。
父は、本社の幹部として昇進する前の慣例で地方に赴任している形。母親は、歩と違って、周囲に溶け込むのは得意ではない。が、セミを素手で捕まえるなどワイルドな部分もある。
「送り火」あらすじ(途中までネタバレ)
中学三年生になった春に、父の転勤にともなって、歩は東京から津軽地方のある農村へと転校する。田園、畑、納屋、里山に囲まれた自然豊かな農村だ。
持ち前の社交性を発揮して、今度もすぐに新しい級友たちに溶け込めた歩である。
だが、少年たちの間では、たびたび不吉な遊びが行われていた。
花札をつかって”燕雀”というゲームをするのである。一種の王様ゲームのようでもあるが、この花札ゲームで負けたものが、罰ゲームをしなければいけない。
そして歩が出くわした最初のゲームでは、サバイバルナイフを商店から盗み出す者を決めるのだった。万引きする役に当たったのは稔である。
近隣の中学生が高校生に殴られた仕返しに、このナイフを使うのだという。管理者もまた「燕雀」で決めることになり、歩が選ばれた。
しかし歩は、胴元である晃が、いつも、イカサマをしていることに気付いてしまう。晃はいつも稔が貧乏籤を引くように花札を配る。そこで稔が皆のジュースを買いに行かされたり、硫酸が入った液体を手にかけるように強要されたりするのだった。
しかし決定的に危険で破滅的な暴力は起こらず、不吉な予感は持続したまま、それでも濃密な田舎の自然に囲まれた奥深い時間の中で、日々は過ぎていく。
歩も、どうせ一年が過ぎれば自分もまた東京に戻って、皆は自分のことは忘れるだろうし、それまでうまくやろう、と思っている。いつの間にか季節は夏になる。
なんとか大事に至らず、ある程度穏やかな日々をやり過ごせると思ったその時、晃達から「カラオケに行くから一緒に来ないか?」と電話が入る。
だが、皆と合流した歩を待ち受けていたのは、カラオケではなかった。そこには、第三中学の卒業生達がいて、刺青も入ったその男たちは不穏な空気を漂わせていた・・・。
(続く)
「送り火」を読んだ感想
残虐ゲームの数々が面白い・・・
面白いと言っては語弊がありますが・・・。この恐るべき中学生達は、とんでもない猟奇的なゲームをやって暇をつぶすのだった・・・。
サバイバルナイフを万引きするところから始まり、妙に土俗的な香りのする猟奇的ゲームまで。このゲームが、名前といい、土着と結びついた、どこかイタコとかそういう土くさい信仰心も感じさせるような雰囲気といい、とてもよく描かれていた。
幾つか紹介してみると、
「彼岸様」
屈伸運動を何百回か行ったあとに、普通のビニール縄跳びで首を徐々に絞めていく。すると頭がかすんで目の前に”彼岸様”なる像を見ることになる。
この像は依り代となる者の精神によって形が決まってくるので、大日如来、馬頭観音、ガネーシャ、アニメのキャラまで様々だ。そして依り代はこの”彼岸様”の真言を口伝えし、他の者がそれを紙に書き写す。
「彼岸様」という名前どおり、下手するとあの世に行ってしまう危険のある、物騒な”遊び”である・・・。
「回転盤」
理科室から盗み出してきた実験キットで行われる、ロシアン・ルーレットみたいなもの。何本かの試験管があり、その一つには硫酸を薄めた液体が入れられている。例の花札「燕雀」でビリになった者は、この中から一本を選ばなければならない。その一本は、選んだ者の手の甲にかけられる。
この他、「透明人間」という、ターゲットから幾ら声を掛けられても、気づかないふりをする悪戯(いじめ)があったり、そしてラストでは上級生達による、さらに凄まじい猟奇ゲームが繰り広げられるのだった・・・。
このゲームシーンがクライマックスになっている。
読んでいると、ある種の少年漫画を思い出してしまう。特に冨樫義博。
冨樫義博の「幽遊白書」後半とか「ハンターハンター」にも変なルールを持ってて、失敗すると虐げられるゲームとか戦闘シーンがあったと思う。
楽しいといっては語弊があるが・・・(;^ω^)ああいう、猟奇的面白さがある。
不吉な予感を作り出すのがうまい!
良質なサスペンス映画でも見ている気になってくる。
スリルとか、「何かヤバいことが起こりそう」「何か怖いことが起こりそう」という空気を演出するのが、とてもうまいと思った。
田舎独特の鬱蒼とした農村地帯特有の土着的な怖い側面と、中学生達の、何かに取りつかれているような、猟奇的な残虐さがうまく融合していて、独特のホラーな空気をし出している。
主人公の歩は、村を歩いていると、時折村人から奇妙な言い伝えを聞かされる。
例えば「ろくあし」伝承。
何百年か前、豊作のはずだった村を、実りが結んだ季節に、謎の昆虫軍団が襲ったという。バッタに似ているが、頭や脚が大きくてバッタとは違う奇妙な昆虫は、山の向こうから長距離を雲のように飛んできて、作物を食い尽くしてしまったという。
いや、作物だけではなく、鶏や人間の子供までがむさぼられたという。
それ以来、豊作の年には村人は「ろくあし」に嗅ぎつかれなければいいが・・と思う。その昆虫の正式名称を名指しすると蟲を呼び寄せてしまうかもしれないので、村人はただ「ろくあし」と呼ぶ・・。
さらに、主人公が村を歩いていると、地面が少し盛り上がった塚のような場所を見つけて、村人に聞くと、何やら碑文が刻まれている。そして、そういう場所に漂っている言葉を捕まえない方がいいよ、と注意されるのだった。
他にも、鼾のような音を立てて、蜜蜂の群れが夜中に稲の花に集まってきたり、納屋にある様々な農機具も主人公には珍しい。
そして、蝉の羽化を目撃するのさえ、不穏な印象をもたらす。
晃と一緒に蝉の羽化に立ち会うのだが、そのエメラルド色に輝く蟲は、脱皮したはいいものの、いざ羽根を広げる直前で固まってしまい、そのまま死んでしまう。
晃は無表情に、その蝉の死骸を川に投げ捨てるのだったが、この場面も、健全に大人になることができずに鬱屈した空気の中で腐っていく少年たち・・・つまり晃やその他の少年たちの運命を思わせてしまう。
美味しそうな食べ物が沢山出てくる!
この小説「送り火」は、何気に食べるシーンが多いです。そしてどれも旨そう!
何気に、この小説のスパイスになっているんではないかと思います。
稔家の、牛肉コロッケ
ほくほくしたジャガイモ生地に、挽いた牛肉がたっぷり入っていて、黒コショウで味付けられている。ほのかなバターの味もする・・・うう、旨そう・・・
謎の老婆のおやき
近所に住んでいる、半分ボケたような、謎の老婆が歩に色々食べさせてくれる。なかでも、おやきが美味しそう・・・。
囲炉裏の灰の中から、火箸で取り出された(火がいい塩梅で通ってそう!)平らなパンのようなものの中には、野沢菜や肉味噌、カスタードクリームが詰まっている。
囲炉裏で焼いているというのがいい・・・そして甘酒も一緒に出してくれるという。
あとは、縁側で軽く塩をふってから食べる西瓜も美味しそうだし、(ロケーション的に)、歩のお母さんが誕生日に作ってくれる紅茶のシフォンケーキ(生クリームとブルーベリージャムが添えてある)も美味しそうだ・・・。
この小説は、感覚をいろいろとくすぐってくるのだが、食欲も色々くすぐってくる。
五感が濃密に喚起される
身体感覚が、けっこう描写されてました。
雀のような色が付いたかのように感じられる風に肌をくすぐられたり、濃密な森の香りを嗅いだり、夏の焼け付くような日差しに頭がクラクラしたり・・・
そして、そこに中学生達の血や涙や汗やら小便やら・・・色々滴ります・・・。身体的な喚起力がある文章だと思いますた。
「送り火」高橋弘希の感想まとめ
そこまで心理描写があったり、何か思想が巡らされたりするわけではないので、読後感は意外とあっさりしているのですが、内容的には猟奇的シーンが多いので、そこそこ衝撃的だと思います。
やはり、ホラー映画のテイストにちょっと近いかもしれません。
何を一番濃密に感じたかというと、濃密な自然の中で、腐っていく生命の過剰、みたいなものでしょうか・・・。それは硫酸をかけられて溶けて絶命するバッタの姿だったり、羽化できずそのまま硬直してしまう蝉の姿だったりに、象徴的なんですが・・。
とても健康的なはずの景色の中で、自分たちの内部の生命力を持て余して、何かやりきれなくて、なぜか鬱屈とした猟奇的な暴力と残虐に向かってしまい、みずから自分をいたぶっていくような少年たちです・・・。
青春期にはグレる子もそこそこいますので、割と万人に理解できる衝動だとは思います。生命が成長していくとき、同時にタナトス(死への欲動)も発動されてしまうような・・・。
その不穏さが、田舎の土着的な不穏さと混ぜられて、炎天下でよく発酵された、強い酒、みたいなそんな味わいの小説でした。
ともかく細部までよく主題と絡まり合って巧みに構成されていて、凄いなあと思いました。芥川賞にふさわしかったのではないでしょうか。
それほど、何かを考えさせるものではないのが、人によっては物足りないかもしれませんが、まあ、五感で感じる小説、暑い夏に読むのにぴったりの強い蒸留酒だか、どぶろくだか、ウイスキーだか、そういう喉越しの小説です。
焼け付くんだけど、同時にアルコールが蒸発するときに気化熱も奪っていくので、ひんやりもする、という感じ。