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【読書感想】「想像ラジオ」と「詩の礫」の意外な共通点は、ツイッター!!

On the beach

 今回は文体が超真面目でソ!!

 友達からの寄稿です。

いとうせいこうの「想像ラジオ」も和合亮一の「詩の礫」も、震災後に書かれた文学ということで共通してます。

 んで、友達が自分なりにこの二冊を読んでアレコレ考えたことを凝縮したそうです。

 この先の文学とインターネットやFacebookなどSNSの関わりについても色々書いてあります。

 SNS全盛期、このまま文学は衰退するのか、否か?

 そんなとこについてもアイデアを書き留めてあります。

 かなり長いので、幾つかに分けることにします。

 

 長文でも読んでやるぜ!という奇特な方は読んでやってください・・・。

 

 

いとうせいこう「想像ラジオ」と和合亮一「詩の礫」についての長い長い感想

 

 震災後、二つのラジオ放送があった。いや、もちろんたった二つだけではなく、もっと数多く、無数の放送局が存在していて、大気は生きている者達も死んでいる者達も発する、飛び交う電波に満ちていただろう。今と同じように。ただここで取り上げたいのは、あの2011年3月11日の震災後に書かれた、特異な二つの文学作品のことだ。

 一つは和合亮一の「詩の礫」、もう一つはいとうせいこうの「想像ラジオ」である。この二つはラジオ性という点できわめて似通った構造を持っていたと考えられる。そして、その言葉のラジオ性、違う言い方をすれば、声と文字の不可分離性、その運んでくる声の肉体性、空間にエーテルのように満ちわたる、その声のあり方が、あの時の、そして今も続いているカタストロフ状態と親和性があり、そういった形式が使われることの必然性を感じさせるものになっているのである。

 あの日以降、言葉の無力さを痛感しなかった者は少ないだろう。見知っていた世界が全面的に崩壊してしまったような感覚、さらに批評・評論、創作という、いわゆる文学的な言葉が今までになく色褪せて見える状態が続き、おそらくそれは今も回復していない。もしかすると完全に元通りになることはないのかもしれない。その感覚について、このように文章を書くこと自体が、ある種矛盾した行いなのかもしれない。しかし、生きている限り、言葉はどこからか生まれてくる。生まれてきて、どこかへ伝わっていくことを言葉は望む。ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルネットワーキングサービスが世界の大部分を覆っている今、私たちはかつてなく饒舌になっているのかもしれない。

 そこで、破局後に、人々に広く受け入れられた、この二つの文学的(文学というもの自体を問いに付す側面を、これらの作品は持っているのだが)ラジオ放送を手がかりにして、もう一度言葉について、そして、現在私たちを包み込んでいる電子的な言葉についても考えてみようと思ったのだった。実際のところ、二つの作品は、オンラインの言葉とも深い関わりがあった。

 

1、二つのラジオ放送

 

 それにしても、この二つがなぜ共にラジオの一種だといえるのだろうか。「想像ラジオ」は確かに、題名に「ラジオ」と冠してもいるし、かなり明瞭である。それは3月11日の震災後に東北地方を襲った津波によってさらわれ、杉の木のてっぺんに引っかけられた死者、ただまだ完全に死の世界には入っていない、地上に留まって生と死の中間地帯から、ラジオ放送をはじめたDJアークの番組を書き起こしたようなテキストである。DJアークは、曲を流し、リスナーからのメッセージに応答して四方山話を語り、主に同じように命を落とし、まだ地上をさまよっている魂たちに語りかけている。そして安否不明の妻と息子にもコンタクトを取ろうと試み続けている。

 かたや和合亮一の「詩の礫」は、特別ラジオと銘打ってもいないし、書籍化される前、それはツイッターで行われた詩の連投の営みであった。しかし、こちらも少し読めば、それがかなりラジオ番組の形式に近いスタイルでなされていたことが分かる。

 和合は、2011年の2月からたまたまツイッターに登録していたが、「自分には合わない」と思い、ほとんど使っていなかった。しかし、震災後数日が過ぎた、2011年3月16日それは

 

  震災に遭いました。避難所に居ましたが、落ち着いたので、仕事をするために戻りました。みなさんにいろいろとご心配をおかけいたしました。励ましをありがとうございました。2011-03-16 21:23:57

 

 という安否確認のような何気ない呟きから始まり、それをきっかけにして堰を切ったように、タイムラインに言葉が奔騰して流れ溢れ始めたのだった、

 

  ものみな全ての事象における意味などは、それらの事後に生ずるものなのでしょう。ならば「事後」そのものの意味とは、何か。そこに意味はあるのか。2011-03-16 21:33:03

 

 このように、まず呟きの現在を「事後」だと認識している。それからしばらく緊迫した事態のなかでの心情を叩きつけるようなツイートが続く。思いがけないことに、このツイートをキャッチした人々が沢山いた。この人々が和合の呟きをリツイートして、その結果、和合のフォロワーは短時間の内に等比級数的に増えていった。このリスナー達は、その身を案じて様々なメッセージを和合に送ったのだろう。また感激を伝えもしたのだろう、こうした双方向のやりとりが行われる中で、はじめはランダムな叫びであったものは、「詩の礫(シノツブテ)を、やります。」という言葉の出た、3月18日頃には、ある一定のルールを持った番組のようなものとして形作られることになる。

 

  覚書1 一週間のうちに、全てを奪われてしまったような気持ちになりました。車で暮ら   し、避難所で暮らし、余震と放射能に脅え、これが被災の真顔であると実感いたしました。/覚書2 家族は遠い街に避難をさせました。ここまで終わり何かを覚悟しました。この時、ガレキのようなものを吐き出したいと思いました。怒りと悲しみしかありませんでした。/覚書3 死を意識した時、昂然と何かが湧き上がりました。少しだけ誘われてやってみたツイッターを開きました。2時間、書き続けました。

 

 と、和合は動機を語り、

 

 覚書9 私の書いたものをについて、精神状態を心配して下さる方もずいぶんといらっしゃるので、ルールを決めさせていただきたいと思います。これまでの詩に近づけた呟きを「詩の礫」とします。これは詩なので、ありのままに書きますが、言説に狂気と理性とが絡み合います。心配をしないで下さいね。2011-03-18 15:33:07

 

 このようにツイートを「詩」であると定義した。それは何よりも、狂気が混じるこの言葉を読んだ視聴者が、作者は錯乱状態にあるのだととらえて過剰に心配することを防ぐためであった。「これは詩なので狂気が入り混じります」と。もちろん、これは錯乱のふりをしていたわけではなく、実際に心に錯乱が起きてもいただろう。和合は、震災直後の混乱の中、手帳に言葉を書きつけ続けていたという。「揺さぶり続けられる恐ろしさと放射性物質の見えない脅威。自我意識のようなものがすり減らされて、失われていく感覚から、救い出してくれる力を言葉は私の内面へ与えてくれた。」と、彼は語っている。

 ただこの錯乱を客観的に見て表現に落とし込める主体が存在していることを示すために、このツイートは「詩」と名付けられたのであった。そして詩の連投がなされる本編の前には、「これから10分以内に『詩の礫』を始めます」といったいわば番組予告によって聴き手にお知らせがされ、また本編の前後には前書や後書を挿入する等のルールが整えられたのだった。

 例えば、前書では「今夜からiPadを脇に置いて、みなさんのダイレクトメッセージや、リアクションをリアルタイムで拝見させていただきたいと思います。このような時だからこそ、同じ時間を共有したいのです。」等、「リスナー」への語りかけが行われた。詩的ツイートの連投が行われる「詩の礫」本編後の後書は、例えば次のようなものだ。

 

後記2 今、あなたは何をしていますか? と、問いかけた時に、お答えが直ぐに返ってきて、会話をしているようで驚きつつも励まされました。その都度その都度に、素晴らしい言葉をありがとうございます。2011-03-20 00:25:51

 

後記6 そうですかあ。月がきれいなんですかあ。これから見あげてみます。心がつながるって、こういうことなんですね。言葉が好きです。日本語が好きです。故郷から人が離れていき、寂しい日々ですが、私は言葉にしがみついていきます。おやすみなさい。明けない夜は無い。2011-03-20 00:42:30

 

 

 このように、視聴者とのメッセージのやりとりが続いていた。音楽を流した後に、視聴者からの手紙を読んで、それにコメントし、語りかける、ラジオ番組の形式とそっくりの形を取っていたののだった。眠れずにラジオの深夜番組を聴いて慰められる人々と同様に、事後の混沌の中、誰かとその不安や恐怖、希望が流れる時間を共有したいと願う人々は、「詩の礫」にチャンネルを合わせていたのだろう。後書の一番最後に書かれ、その後もタイムラインの締めくくりによく登場した「明けない夜は無い」も、この文脈から読み解く必要があるだろう。このフレーズには、詩の言葉として紋切り型で陳腐だという批判が複数の論者から寄せられていた。そうした批判は、この言葉がリアルタイムで、リアルな状況のただ中で発せられた、行為遂行的な側面も持つ言葉であったことを見過ごしているように思われる。

 つまり、「明けない夜は無い」は、もう単なる比喩ではなく、そのツイートが呟かれた、まさにその夜を、夜明けまで耐え抜くため、身を支えるために差し出された杖のような言葉であったのだ。

そういう意味では、通常現実の時間軸からは切り離されて独立した時間を持っている、一般的な「文学」の言葉からは、はみ出しているところがあるといえる。

 「詩の礫」が始まった当初は、大きな余震が繰り返し襲い、原子力発電所もまったく不安定で、さらに大規模に爆発する可能性もあった事故直後である。和合は、自分は死ぬかもしれない、と思いながらツイートしていたという。生者と死者のあわいの場所からツイートを発信していたのである。

 こうしてみると、「想像ラジオ」とその構造はきわめて近いことが分かる。DJアークも、生と死の狭間から、想像力、あるいは「悲しみ」を電波とするラジオ放送を始めたのだった。その電波をキャッチした者たちが次々と放送を聴き始める。そしてアークも「恐ろしさから逃避するために」喋り始め、「寂しさを慰める苦肉の策がこの想像ラジオだと言ってもいい。」と語っている。「想像ラジオ」も「詩の礫」も、言葉を破局以後の壊れた時空間の中で、身を支えていく頼りとしていたのである。

 さらに、「想像ラジオ」は、いとうせいこうが震災直後にツイッターで急遽始めた「ラジオDJ」というアカウントが元になっているだろうことを知れば、両者はさらに結び付いてくる。

 「文字DJというツイッターのアカウントを作って、YouTubeもラジオも聴けない状況だったけどツイッターだけは機能してたから、その中でありもしない曲から実際の曲までつぶやいていたんですね。想像すれば絶対に聴こえるはずだ、想像力まで押し潰されてしまったら俺達にはあと何が残るんだと思っていた。」

 

と、いとうは語っている。ある時は現実の、ある時は架空の曲名を文字で呟き、視聴者が、リクエスト曲をツイートすると、DJせいこうはその呟きをリツイートして、「流すよ」という。当然、音は聴こえない。想像で聴くしかない。この時、曲が流れるのを想像した視聴者から「聴こえる」と反応のリプライがあったという。想像力を電波としたラジオ番組の始まりだった。

 「皆さん、曲の間にメールどんどん来てます。放送に気づいた人が増えてるみたいです」「曲の間にリスナーの皆さんから大量のお便りが届き続けていたことは、このアーク忘れるはずもございません。あれは紛れもない現実としてしっかり覚えていますし、僕が再びしゃべり出した時の、なんていうんですかね、聴こえるはずのない地響きみたいなワーッというどよめきが自分を確かに包みましたよ。メールは発表もしていない僕のアドレスに豪雨みたいにザーザー届くし、左手に握ったままの画面の見えない携帯も鳴り続くし、知人から見知らぬリスナーまでほんとに様々な方からのお叱りと励まし、ありがとうございます。」

 放送していると、次第にそれに気づいた人々がフォローを開始し、リプライやメッセージが大量に届き始める。こういった状況は、ラジオというよりは、いとうが震災直後に発信していいたDJせいこうの、ツイッターアカウントでの経験を想起して書いているところがあるのではないだろうか。

 ツイッターで発信されていた「詩の礫」にも非常に類似したくだりが見られる。

 

フォローは2日目で700件に近づこうとしていて、これが大きい数なのか少ないのか分かりませんが、数え切れないほどのダイレクトメッセージの中に「力をもらった」という言葉がある限り、もう一度、自分をやり直してみようと思います。

 

「寂しくて、また出てきてしまいました。2時間の間、フォローがほとんど動かず、終了したら、500件ほどフォローをいただきました。みなさん、読んでいて下さったんですね。驚きました。すぐにメッセージが50件も・・・。

 

「フォローというものがある。これからもあなたの投稿を読みますよ、というお知らせのことだ。(震災後一日目の投稿を)書き終わると、全国から171人のフォローの申し込みがあった。/略/翌朝には550人に増えて、3日目の朝には800人ほどになった。現在は1万4000人を超える方が、フォローをして下さっている。/略/多いときは一晩で200から300のメッセージが寄せられる。それに触れながら、私も新しいメッセージを書く。避難所からも声がたくさん届く。涙がにじむ。

 

 DJアークは、片手に携帯を握りしめた状態で木に引っかかっている。この携帯にメッセージや着信が殺到する様は、やはりこの放送が最初はツイッターを土台としていたことを思わせるものだ。このように見てくると、「詩の礫」と「想像ラジオには、ツイッターとラジオという二つのメディアの形式を共有していたことが分かる。

 

 

2、カタストロフィの時間

 

 「詩の礫」と「想像ラジオ」には、当然ながら相違点もある。一番大きな違いは、書き手の立ち位置だろう。「詩の礫」では、和合は生死定まらない場所、余震と放射能に閉じ込められた「牢獄」から、外の世界へ繋がろうとして「礫」をネット上に投げ続けていた。一方、「想像ラジオ」では、作者のいとうせいこうは直接に被災したわけではない。ラジオを放送している「DJアーク」は、いとうが津波の被災地で何回か、「木の上にしばらく人が引っかかっていた」という話を聞いて、その人について書かなくてはいけないと感じたことが背景にあった。あくまで生者の側から、死者がどう感じているのかを想像しようという方向性になっている。このため語り手は「DJアーク」だけではなく、死者の声を聴きとろうとする作家S(いとうの分身だろう)も加わっていて、時に、死者の声について想像することそのものの倫理的是非についての討論も挟み込まれている。「詩の礫」は、生死の境、ほとんど死者に近い場所から、「想像ラジオ」は生者の場所から構想されたものである。また、これは両者が発表された時期も関係しているだろう。「詩の礫」は2011年3月の震災直後からオンラインで投稿され、「想像ラジオ」は、緊迫感が落ち着いた(事態が解決されているわけではないが)2013年春号に発表されている。

 けれどやはり「詩の礫」と「想像ラジオ」には、偶然とは思えないほどに類似した部分は色々とある。まず細かいところでは、DJアークは38歳で中学生になる息子がいる。和合は2011年当時43歳、息子は小学校を卒業するところだった。このことで、彼らが呼びかける親しい他者の中には、妻や息子がいる。このように、ちょうど彼らが先の世代から生を引き継ぎ、さらに子供の世代へとそれを継承しようとしつつある年齢であることも、この二つの作品の強度を高めている一つの要素となっているだろう。ともあれ、次に見ていくような共通要素には、震災直後に人々が置かれた心理状態を記録している側面もありそうだ。

  どちらも、死者へと想像が及ぶ。災の死者だけではない。「詩の礫」では、たびたび亡くなった祖母が現れては、事態に憤る詩人を「やさしく、やさしく」となだめていく。また太平洋戦争後にシベリア抑留で亡くなった祖父に対して、詩人が知恵を乞う場面もある。

 「想像ラジオ」も、死者であるDJアークの放送を聞きつけた震災の死者達が、リスナーとしてメールや電話で応答し、かわるがわる自分の物語を語る。作家Sには、その放送は聞こえないのだが、広島の慰霊祭で、原爆で死んだ子供たちの歓喜か怒号のような声を聴いたように感じた経験や、個人的な家族の葬式の場面、それに亡き恋人との想像上の会話、ボスニア紛争の死者にまで、思い巡らしは広がっていく。そして特徴的なのは、そこで自己と他者の境界が曖昧になってくることだ。この、自己と他者の区別が溶融することには、様々な側面がある。

 まず、「大切なあなた」との関係である。私たちの存在を支える根源的他者ともいえるだろう「あなた」は、和合の「詩の礫」の中で次第に形を取ってくる。「あなた」は、最初はリスナーへの語りかけに使われる言葉だった。

 

「あなたには大切な人がいますか。一瞬にして失われてしまうことがあるのだ・・・と少しでも考えるのなら、己の全存在を賭けて、世界に奪われてしまわない為の方法を考えるしかない。」2011年3月16日

「あなたの街の駅は、壊れていませんか。時計はきちんと、今を指していますか。おやすみなさい。」3月18日(3月17日深夜)

 「礫」が開始されて二日後の3月18日には、「あなた」は非日常的な様相を帯び始めている。「あなたはどこに居ますか。私は暗い部屋に一人で言葉の前に座っています。あなたの言葉になりたい。」「私は閉じ込められた部屋で一人で、言葉の前に座っている。あなたの閉じ込められた心と一緒に。」「僕はあなたです。あなたは僕です。」「僕はあなたの心の中で言葉の前に座りたいのです。あなたに僕の心の中で言葉の前に座って欲しいのです。生きると覚悟した者、無念に死に行く者。たくさんの言葉が、心の中のがれきに紛れている。」「僕はあなたは、この世に、なぜ生きる。僕はあなたは、この世に、なぜ生まれた。僕はあなたは、この世に、何を信じる。」

 すべて3月18日14:00頃のツイートから抜き出したものであるが、根源的他者である「あなた」が、家族や知人から切断されアパートに閉じこもっていた詩人の一人の「牢獄」に内側から風穴を開けている。「あなた」と「僕」は、ほとんど同一の存在のようでいながら支え合っていて、また「言葉の前に座り」あうことで、お互いの言葉が生まれてくる場所に存在している。そしてその場所は「この世になぜ生きる」のかという根源的な問いが発せられる所でもある。

 「あなた」はこの後も、絶えず姿を変えながら、「詩の礫」がそこに向かって語りかけられるものとして、一貫して土台となり、「礫」の歩みを支えるものとなっている。時にあなたは「あなたはいま、何をしていますか。私の大切なあなた。」と、リスナーを主に意識した語りかけになっている。また、和合が昼間に見かけたのかもしれない、安否不明の親族を探す具体的なあなた(港町で孫娘を探しているあなた。グランディ仙台に遺体を引き取りにいった、あなだ。)に、思いを巡らせたり、

 

「大切なあなた。僕はあなたの髪を撫でよう。」「制御。あなたは、こんなにも愛しい人への想いを、静かにとどめることが出来るか。出来ないと思うよ。余震。」「あなたは誰よりも早く、しなやかに、あなたであり続ける。そんなあなたを愛しています。余震。あなた、大切なあなた。「大切な」の後には「あなた」しか、続かないのです。安否不明。16630人以上。」(3月22日)

 

 

など、ほとんど絶対的な恋人のような「あなた」になったりする。

 タイムラインを見ている者にとっては、自分に向かって「あなた」と語りかけられると共に、その「あなた」は「あなたは僕です」と詩人でもあり、また他のリスナーや、誰かにとっての大切な人物でもあるので、日常的な人称の世界を超えて、奇妙にワープしたような時空の中で、多くの存在と合流するような、そうした不思議な感触を受けることになる。

 想像ラジオでも、DJアークの放送の基底となっている根源的他者ともいえるものは、作品の第一章、単行本にして30ページ目から姿を現している。それは「想像ネーム・M」さんからのDJアークへの投書に見られる。

 

 「こんばんは。イヤホンをしているわたしの耳の奥で、本当に遠くからだけれどあなたの声が聴こえています。(略)あなたがお母さんのことを話す時に、わたしはそれがわたしだけに向けられた比喩だとわかるし、あなたのおじいさんの臭いはわたしの胃からも立ち昇ってくる。そもそもあなたをしゃべらせているのが、救いのない気持ちにプレスされて紙くずで出来た立方体のようにスカスカになっているわたしだと、少なくともそんな思いでちりぢりに爆発しそうなリスナーすべてだと、わたしはあなたの耳鳴りのような声から気づかされている。」

 

 このリスナーにとっては、DJアークの声は、それを借りて語っている自分自身でもあるし、また他のリスナーすべてだとも感じられている。「想像ラジオ」では「礫」ほど、恋人としての「あなた」が全面に出てくることはないが、小説の第四章は、恋人同士の語りで構成されている。全てがダイアローグで書かれているが、おそらく作家Sと、恋人との語らいであり、途中から恋人はすでに死んでいることが分かるので読者は驚くことになる。不倫関係にあったと思われる彼らは、人に知られてはいけない恋をしていたようだ。会話では「会いたい?」「うん、会いたい」などストレートに恋心が語られる。そして生者と死者の関わり合いのあるべき姿についても話し合いが持たれる。

「僕は君の思い出の中の声とか、夢の中での声を追い求めた。ぼんやり覚えている声じゃなくて、もっとはっきり聴きたいと思った。というか、君と話したかった」「しばらくは話せなかったね」「この方式を思いつくまでね」「そう、これは大発明。あなたは書くことでわたしの言いたいことを想像してくれる。声が聴こえなくても、あなたは意味を聴いてるんだよ」

 会話の種明かしがされると、実はこれは、この世に残された作家が、亡き恋人が喋ることを想像して書いたダイアローグだったことが分かる。表面的には一人二役ともいえるが、それ以上に、存在の根源にある他者、他者の声に呼び出されて存在している私たち個々の存在という側面が記録されているのではないだろうか。「詩の礫」では、「祈る前に願われているのが分かった」というフレーズが登場する。「祈る」前に、他の無数の人もまた混乱の中で祈っていることを感じ取ってしまう感覚だろうか。そして私が「祈る」、そのこと自体を可能にする基底的な他者がいて、その他者に存在することを「願われて」私が存在できていることを示す言葉であるともとらえられる。(リスナーの存在も大きいかも。

 

 さらに、自己と他者の区別がなくなるという自体には、自己自身が様々な人格や存在に分裂していくという側面もある。「詩の礫」では、しばしば「悪魔」が登場する。「だいぶ、長い横揺れだ。賭けるか、あんたが勝つか、俺が勝つか。けっ、今回はそろそろ駄目だが、次回はてめえをめちゃくちゃにしてやっぞ。」3月16日

 

 繰り返し襲ってくる余震によって生み出されたイメージである「悪魔」だが、次第に「礫」を書き続ける詩人を嘲弄する存在へと変貌していく。「ヲ前はこれまでも何をやっても、間抜けであった。みんな笑ってるぞ、口先だけの三文詩人とナ。」と、ただ悲憤を抱き言葉を書きつけるだけで、現実の事態を改善することはできない詩人を繰り返し嘲りに訪れてくる。詩人と悪魔は度々論争する。この「悪魔」自体も、和合の呟きの中にランダムで飛び込んでくるので、ある種錯乱した精神の産物でもあり、心の中の葛藤する複数の声がそのまま現出してきたものであるだろう。やがて、詩を書くことと悪魔は結び付く。

 

「詩よ。お前をつむごうとすると余震の気配がする。お前は地を揺すぶる悪魔と、もしかすると約束を交わしているのか。激しく憤り、口から涎を垂れ流し、すこぶる恐ろしい形相で睨んでいるのだな、原稿用紙の上に首を出し、舌なめずりする悪魔め。2011年3月23日

 しまいには、「悪魔」はハッキリと「お前こそが悪魔である。」と詩人に告げる。その理由は、「お前は一人部屋で震えた、お前は一人部屋で泣いた、お前は一人壁を叩いた、お前は一人日本に絶望した。しかしそれだけだ。後は愚図の詩を書き、魂を安売りした。」「詩である限り悪魔であり続ける我であるのにどのように我を追いやるのか詩で」というものだ。余震や原発事故に対する、やり場のない憤りや、詩を書くことしかできない自分の無力さへの怒りが混ざり合って、「悪魔」という姿へと形象化されたのだろう。また、頻繁に襲う余震への恐怖の中で、次第に揺れていない時でも、余震の気配を感じてしまうようになる。「余震か。否。だがしかし、常に、余震が私に宿るようになってしまった。揺れは恐ろしい。この恐怖が、常に私に何かを書かせる。」「はっきりと覚悟する。私の中には震災がある。」ここでは外側の災厄と、それを被る自分の境界すら曖昧になっている。

 また、時間軸上において一貫した自我を持続しにくくなっていることも読み取れる。例えば3月20日のタイムラインを見ると、わずか20分ほどの間に強度の高い感情がかわるがわるに現れては消えていく。愛しさ、罪の意識、恐怖、怒り、祖父や祖母への問いかけ、「おかあさーん」と助けを求めて泣き叫ぶ幼い子どもとしての意識・・・。瓦礫のように崩れた意識が、次々と「礫」としてタイムラインに投げつけられていく。

 「想像ラジオ」は、直接の被災者という立場から書かれているものではないため、意識の錯乱状態は比較的少ない。だが震災への憤りが転じて自分へ帰ってくるという契機はやはり見られる。DJアークは、震災を引き起こした何者かに対して激しく憤る。「相手は神様ですか?神様だとしても俺は勝手なことやってんじゃねえと首を絞め、鼻や口から粘液が出るほど揺すって助けてくれ助けてくれともがいて泣きながらみっともない悲鳴をあげるほど神を天に突き上げて、(略)町を見せてお前になんの権限があってこんなことをしたんだと近くに落ちてる鉄筋のねじれた切れ端を神の下腹から内臓へと突き入れて、相手が痛みに体を折る拍子に前歯に頭突きをくらわせて(以下略)」しかし、こうした想像の後、アークは「あれ?もしかして僕の奥さんは僕に同じような怒りを感じていたわけじゃ

ないですよね。」と、ふと我に返る。

 震災への憤りが、自分への罪悪感としても返ってくる。また、「想像ラジオ」はDJアークがこの世から去っていく場面で終わるのだが、終盤に近付くについて、アークは他の死者達、リスナー達との境界が曖昧になってくる。

「エピソードをひとつしゃべり終える度に、記憶の中ではそれが自分でない誰かからのお便りだったように若干遠く感じられて、逆にリスナー諸君のメールを読み終えるとそれが僕の思い出を読んだだけだって気もしてくるんです。」「自分の体験から確からしさが消えてきて、(略)実際に個人の思い出を脱ぎ捨ててる様子なんです。寂しいもんですよ、自分でなくなっていくのは。」

 この設定は、いとうせいこうが柳田国男の著作からインスパイアされたものらしい。(死者は個人の境界を無くす)。極限状態において自我がほどけていく状態というのは、自己消滅という意味で死に近い状態なのだろう。

 また、DJアークが他人の記憶の中に半ば溶けていくのは、彼の職業も関係していると考えられる。アークは「ラジオ・パーソナリティってものはお便りを読み続け、電話で話を聴き続けると必ずこうなってくるものなのか。それとも亡くなったまま時を過ごすというのは、一般的にこうした体験なんでしょうか。」と語っている。

  実際に、「想像ラジオ」は、その構成から見ても、多数の者達の声で出来ている。語り手は一人でもないし、二人だけでもない。大きく分けて、DJアークのラジオ放送と、作家Sのパートに分かれているのだが、それぞれが様々な声を鳴り響かせる場所となっている。まずDJアークのラジオ放送では、アークが自分の人生や思いを語りもするが、それ以上にリスナーが投書や電話で自分たちの状況や思いを語る。海底の暗闇に沈んでいる髪の長い女性、匿名希望さん、大場ミヨとキイチの老夫婦、魚の缶詰工場で働く二十一歳女子の、タラモサラダさんなど、多くの人が人生のエピソードを語り、それらはかなりの分量でテキストのそこここに直接挿入されている。

 また作家Sのパートでも、会話文の分量は多い。亡き恋人との間の想像された会話、それに福島へ支援物資を届けた帰りの車の中で、仲間たちが始める議論。議論は死者が感じていることを生者が勝手に想像することが倫理的に正しいのかどうかといったことを巡ってなされている。「親しい者を喪くした家族の鎮魂の場に土足で入り込むべきではない」とか「死者が伝えたかったことを考える人がいなくちゃいけない」など立場は折り合わないが、それでもDJアークのラジオ放送を聴き取ってしまう人は聴き取ってしまう、そうした流れでいったん締めくくられている。

 いとうせいこうは、かなり意識的にこの書き方をしていたと考えられる。いとうはインタビューで「「想像ラジオ」は絶対に僕だけのものではないって思いながら書きました。自分は裏方に徹して、存分に亡くなった他者の声を聴きたいと思ったし、それを読者の胸の中にぶち込むように書くのが僕の仕事だと思った。「みんなどうぞ、広場を用意しましたよ」「僕が書きつけますからどんどん喋ってください」っていう気持ちなんですけど、そうしたらいろいろなものが入ってきた。」と語っている。

 この小説は、様々な声を呼び込む媒体(メディア)のようなものとして構想されていた。閉じた作品というよりは、開かれた広場のようなものとして。

 この点は、「詩の礫」とも共通している。「詩の礫」には、和合本人の心情を投げる「礫」以外に、様々な者達の声が入り込んでいる。このことは、和合も意識的に行っていた。災害を目の当たりにして「いままでとはまったく違う言葉の回路」を感じるようになったという。「もっと直接性を持って、ダイレクトに相手に届くような言葉でなければ、目の前で起きているたくさんの事象をリアルタイムにドキュメントとして届けることができないと感じました。」ドキュメントのような情報言語に近い形で、でもあくまで詩の言葉で書くことで「現在を映すテキスト」を生み出すことができないかと考えていたという。

 こうして「詩の礫」には、和合が銭湯や買い出しにいったスーパー、タクシーの運転手などから見聞きしたことが積極的に取り入れられている。

 

「森さんからのメールⅠ「また原発から煙。南相馬市を含む30㎞圏内はマスコミも県も国も立ち入りません。よって最近の報道は宮城、岩手だけ。南相馬市には今も沢山人がいて市職員は全て残って献身的に働いています。」23日

「ラジオの情報が流れる。「飯舘の酪農農家さんはいま、原乳廃棄の命令を受けて、泣きながら乳を絞っては、穴に捨てています。それでも草は食べさせなくてはいけない…」。23日

「東北はものみな雪だろうか。あるセブンイレブンの店長は、店を閉めることが出来ない、と言っています。「良かった、ここに居たの、生きてたの、嬉しい…」とみなで確かめ合う場所だから…。聖地。」27日

「富岡町のある人は、2時間の帰宅を許された。久しぶりの家の中に入って、その人はずっと、あることをしていました。何をしていたのか、分かりますか?とOさんは私に聞いた。」「ただ家の中で2時間、泣いていただけ…、だったそうです。」「25日

 

 「詩の礫」も、様々な声を取り込むプラットフォームのようなものとして試みられていたところがある。

 こうして見てきた「詩の礫」と「想像ラジオ」の共通点は、やはりカタストロフィ後の意識状態が両方に強く反映されていることによるだろう。

 そこでは他者と自己、現在と未来の境界が曖昧になり、時間は連続したものであるよりも断片的な「礫」となる。私たちの存在を支える根源的な他者である「あなた」が出現し、また内密な家族や恋人、死者、そこからさらに外側の他者へと思い巡らしが広がっていく。

 こうしたカタストロフィの時間における言葉が、ツイッター及びラジオ放送を土台としていたことには、ある種の必然性がないだろうか。

 

・・・以下の記事に続きます。

 

tyoiniji.hateblo.jp

 

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