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「忘れられた巨人」の感想。老夫婦の愛がひたひたと、冒険小説の中に流れ込む!カズオイシグロ特有の哀切さはそのままに。

 2017年に、ノーベル文学賞を取った日系英国人のカズオ・イシグロ。現在日本語で読める、彼の最新作が「忘れられた巨人」です。

 「私を離さないで」など静かで淡々とした作品で有名ですが、近年はSFやファンタジー、推理小説からカフカのように不条理な迷宮小説まで、さまざまなジャンルを横断した創作をされていました!

 この「忘れられた巨人」も、ファンタジーの要素が濃厚です。舞台は、アーサー王時代直後のイギリス。騎士やドラゴン、謎の怪物なども登場します。

 そして、司馬遼太郎かッ!というような、渋い太刀回りのシーンすらありました。

 

 

 これでカズオ・イシグロを読むのは三作品目(「日の名残り」「私を離さないで」に続く)その中でも、個人的にはこれがベストだった!

 悲痛すぎる話や、淡々とした雰囲気が苦手な人でも読める!アドベンチャー要素もあってスリリング!でした。

 さて感想をば。

 

 

「忘れられた巨人」の舞台設定

 舞台はアーサー王時代が終わった後。全盛期に、アーサー王の騎士団に属していた人々が老人となっている頃。

 主人公の老夫婦、アクセルとベアトリスは、とある辺境の村に住んでいる。

 イングランドには、サクソン人とブリトン人という二つの民族が住んでいて、ながらく折り合いが悪かった。アーサー王によって国が統一されて、最近は友好に共存するようにはなってきているが、それでもまだ対立は残っている。

 また、巨大な雌竜、クエリグの息が流れてきては、人々の記憶を奪っている。

 

「忘れられた巨人」の登場人物

  • アクセル・・・おじいさん。イングランドの辺鄙な村に住んでいる。妻のベアトリスともども、村の中では、やや除け者か、下層階級として扱われている。昔の記憶が時々蘇る。現在は農夫だが、昔、アーサー王配下の、かなり強い戦士として剣をふるっていたことが匂わされる。ブリトン人。

 

  • ベアトリス・・・おばあさん。アクセルの妻。どちらかというと大人しい性格。アクセルと強い愛情によって結ばれている。アクセルには常に「お姫様」と呼ばれている。最近、体調がおもわしくなく、旅の途中でも数回、お医者さんに診てもらおうとする。ブリトン人。

 

  • エドウィン・・・隣村(サクソン人の村)の少年だが、剣士のウィスタンに、その戦士としての才能を見初められ、一緒に怪物退治に向かう。しかし、子供の怪物に噛まれてしまった。エドウィンの村では、竜に噛まれたものは、そのもの自身もやがて怪物へと変身してしまうという伝説があるため、村八分にされてしまう。

 

  • ウィスタン・・・放浪剣士のウィスタン。人々の記憶を奪う竜クエリグの息を止めるために、クエリグを退治しようとしている。サクソン人だが、剣の手ほどきはブリトン人から受けた。王の命令を受けて、サクソン人がブリトン人に迫害されていないかを視察に来た。

 

  • ガウェイン・・・元アーサー王配下だった、老騎士。今でも腕は衰えていない。アーサー王の指令によって、過去、竜のクエリグを眠らせた。竜は、そのまま眠らせておくのがいいと考えている。

 

「忘れられた巨人」のあらすじ【ネタバレ少なめ】

 アクセルとベアトリスは、老夫婦で、もう人生に残された時間は長くはない。

二人は辺境の村で、肩を寄せ合って、仲睦まじく暮らしていた。

二人は、微妙に村の中では差別されているようで、子供たちにからかわれたり、夜に蝋燭を灯すことを禁じられていて、真っ暗闇の中で過ごさなければならないなどしている。

 だがそれでも、ふたりは互いに愛し合い、穏やかな日々を送っていた・・・。

 

 アクセルは奇妙なことに気付いている。村人は、ときおり記憶喪失にかかってしまうようなのだ。子供が行方不明になり、一生懸命捜索したことも、いつの間にか忘れてしまう。それに過去の記憶を巡って、ある出来事を覚えている者と覚えていない者との間で論争になることもあった。

 物語が進むうちに、これはアーサー王に封じ込められた竜、クエリグの息によるものだと分かる、竜の息を吸い込むと、皆、何かを忘却してしまうのである。

 ベアトリスは、ある時、放浪する物乞いの女と話してからというもの、息子の観念にとりつかれるようになった。二人には、もう長年会っていない息子がいて、彼は隣村でリーダー的役割を果たしているという。

 たぶん自分たちに会いたがっている。そこで息子を探しに行こう、という話になる。アクセルもベアトリスも、息子に関する記憶は曖昧だ。二人と喧嘩して、家出してしまったのではないかということが匂わされる。そして、記憶の中で理想化されているのか、皆に慕われるハンサムな青年だったとも、思い出される。

 だが、読者には、本当にこの息子が存在していたのかどうか、よく分からない。

 

 二人は村を出る。旅の道中で、偶然少年エドウィンと、剣士ウィスタンと出会う。エドウィンは、剣士ウィスタンと一緒に、彼の村を悩ませる怪物退治に出たのだが、そのさい怪物に噛み跡を付けられてしまった。

 サクソン人の間では、怪物に噛まれた者は、血の中にその怪物の成分が入るため次第に怪物化し、怪物と引かれ合うことになるとされている。そこで、見つかったら追い出されるか、最悪殺害されてしまうこともあり得る。

 ウィスタンは、そこで少年エドウィンを、ブリトン人の村まで一緒に連れて行ってくれるように頼むのだった。その代わりに、道中盗賊などの危険から二人を保護して同行する、という申し出だった。

 

 ベアトリスは、折からどうも体調が優れなかった。時折お腹が痛むと訴えていた。道の途中には、何でも知っているとして名高い賢者のいる修道院があるという。

 せっかくなので、その賢者にベアトリスの体を診て貰おうと、一行は修道院を目指すのだった。

 その道の途中で、一行は、アーサー王の甥である老騎士、ガウェインに出会い、合流する。奇妙なのは、ウィストンもガウェインも、アクセルの顔を見て、一瞬驚愕することだ。彼らは、アクセルと過去に関係があったらしい。だがアクセルは、ほとんど自分の過去について思い出せないでいる

 ただ剣を握って戦う時の心境や心構えなどについては、無意識に思い出す。

 

 修道院に着いた一行、ベアトリスは賢者ジョナスに診察してもらい、「息子さんを探す旅を続けて大丈夫」といわれる。だがジョナスに聞かれて「尿に血が混じる」と答えていたことが、アクセルは少し気がかりだ。

 賢者は、竜についても話してくれた。竜のクエリグは、修道僧たちが守っていたのだが、人々の記憶を消していたのは、その竜の息だという。

 アクセルとベアトリスは、二人が過去に共有した素晴らしい思い出も忘れてしまっているので、思い出したいという。

 だが賢者は、記憶が晴れることによって思い出すのは、良い記憶だけではない、ともいう。悪い記憶も思い出してしまうのだ。人々はそれに耐えることが出来るのか、悲惨な思い出が蘇ることで、また不和や戦乱にも繋がってしまうのではないか・・・と賢者は語るのだった。

 だがそれでも、一行は息子探し、そして竜探しの旅を続ける・・・。

(以下続く)

 

「忘れられた巨人」の感想

記憶は忘却されていた方がいいのか?

 今までのイシグロ作品と同じように、「記憶」というのが大きなテーマになっている。でも今回は、個人の記憶だけでなくて、歴史的な記憶みたいなものも混ざり込んでいると思った。

 例えばアーサー王の甥であるガウェインは、アーサー王のイングランド統一事業の際にも、多いに剣を振るったようなのだが、時たま、自分が老人や女子供まで含めて根絶やしにしたような光景がフラッシュバックするようで、「自分はそんなことはしなかった」とか「あの戦争によって、今は和平がなされて、人々は平和に暮らせている」などと、自分を正当化する発言を叫び始めたりする。

 そして、民族同士の争いの、過去の悲惨な記憶を、竜の息が忘却させてくれているおかげで、今は平和が保たれているのだ、とも言われる、

 対して、サクソン人のウィストンは、過去になされた悪事が、忘却の彼方に葬りさられてしまっていいのか、と意義を唱えている。人々は悪事も含めて思い出すべきだ、だから竜を退治しなくてはいけない、と。

 ベアトリスとアクセルは、二人の間にあった大切な記憶を思い出したいので、やはり竜を退治したいと思っている。

 でも、実は過去の二人の間には、不和もあった。ベアトリスが、他の男に走ってしまったこともあったことが、断片的に二人の記憶に蘇ってくる。

 だがそれも乗り越えられると二人は思っている。

 

 こういうふうに、記憶は実は完璧に思い出さず、ぼやけて曖昧にしておく方が、実は平和なのではないか、という問いもそこにはあった。

 日本の戦時中の歴史にしても、記憶を持ち出そうという人々と、記憶は封じ込めておきたい、という人々の間で、たえず葛藤が起きているような状況だ。

なので、かなり普遍的なテーマが扱われていることが分かる。

 

戦士の対峙シーンが異様に上手い

 今回読んでビックリしたのが、カズオイシグロは、戦士の対決シーンになると、異様に筆が冴えわたっていることだった。特に冒険小説の作家というわけでもないので、これは意外だった。

 特に、戦士が相手とジワジワ間合いを詰めていく時の、無言の駆け引きが非常にうまい。まだ剣を抜いていない内から、読んでいて手に汗握る緊迫感が醸し出されていた。

 例えば、対決シーンとはちょっとずれるが、一行が兵士の検問をすり抜ける時の会話とか、めっちゃうまい。

 ウィスタンとエドウィンは、追われている身なので、老夫婦アクセルとベアトリアスの召使のふりをして、川を渡ろうとする。ウィスタンは、気が触れた白痴のふりをしている。

 だが、川を見張っている兵士は怪しんでいる。その時の会話が以下。

 

兵士「この橋は板が何枚か壊れていてね、おじさん。おれたちがここに立っているのは、たぶん、あんたら善良な通行人に注意するためだと思う。気をつけて渡らないと、流れに落ちて山腹をまっさかさまだぞ、とね」

アクセル「どうもご親切に、兵隊さん。では、注意して渡ります」

兵士「さっきから見ていると、あんたのその馬、歩き方がおかしいようだ、おじさん」

アクセル「蹄を一つ傷めておりまして、ひどくないことを願っています、ですから、ご覧のとおり、人は乗せません」

兵士「橋の板が水しぶきで腐っていて、危険だからここで見張っている、ただ、そこにいる同僚はもっと重大な任務でここにいるはずだと言ってきかない。そこでお尋ねするんだが、おじさんと奥さん、ここへ来る途中で怪しい者を見かけなかったかい」

 

 うーん、なんともうまい!この緊迫感!「気をつけて渡らないと、まっさかさま」とか、注意しているようであって、同時に裏の意味としては、「嘘を吐いていると谷底に突き落とすぞ!」という含みも伝えてくるじゃないですか・・・。

 こういう、裏の意味を匂わせる、探り合いを描くのが、まずうまいです。ウィットも効いているし。

 

ラストシーンの意味は?やはり切なかった

 けっこう今回は、渋い騎士たちの冒険譚、といった趣が強かったんですが、やはりラストシーンはカズオイシグロという感じがしました。

 

 アクセルとベアトリスは、二人が一緒に、しあわせに暮らせる島に渡ろうとするのですが、船頭さんは、二人一緒には渡してくれません。一人ずつ別々の船に乗っていくことになります。

 向こうでまた一緒になろう、と言いつつも、それまでずっと旅してきた二人がいよいよここで別れ別れになってしまったところで終わります。

 しかも、ベアトリスが作中ずっと不調を訴えていたこともあって、もしやこれはベアトリスが死んでしまったことのメタファーなのかな??というような・・・。

 過去の二人の間の辛い記憶も、次第に思い出しながら、それでも寄り添っていた二人がついに、霧の深い川岸で離ればなれになる二人という、何とも哀切なシーンで終わる・・というのが、カズオイシグロ作品らしい余韻に繋がっていました。

 

「忘れられた巨人」まとめ

 けっこう、この作品はカズオイシグロを始めて読む人にもいいかなあ、と思いました。ただ、村上春樹作品みたいに、謎は謎のまま放置されます(;^ω^)

 なので、すべてちゃんと明快に解決しないと困る!って人には向いていないかも。

でもファンタジーや冒険の要素もあり、そこに老夫婦の哀切な記憶物語、といった要素もあり、なかなかに新感覚でした。多少主題がバラけている感じはありますが、それはそれで成立しているかな、と。

 村上春樹みたいな派手さとか、比喩のキラキラした素敵さとかは、あまりないですが、文章の上手さは流石です。

 カズオイシグロについては、こちらの記事も合わせてどうぞ。

 

tyoiniji.hateblo.jp

 

 

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