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ちょい虹:映画情報

人生道草しまくり迷いまくりのstray dogが遂に故郷を見つけるまでの物語。

トゥルーマンショーを観た感想。セカイ系にも通じる、神・世界・人間の寓話。

映画 ヒューマンドラマ

Jim Carrey as Young Scrooge

 1998年のゴールデン・グローブ賞受賞作(男優賞など3分野)で、時の人、大人気のコメディアン、ジム・キャリー主演で評判となった映画。今では、「トゥルーマンショーみたいだ」という言葉すら使われることもあるほどだ。

 日本でも、電波少年などのリアリティ・ショーが人気を得ていた頃なので、それこそ「リアリティ」があったものだ。

 このたび、見直してみた。

 

 

トゥルーマンショーのあらすじ

 アメリカの片田舎の平和な島に住む青年、トゥルーマンは、保険会社のセールスマンとしてごくごく平凡な暮らしを送っていた。

 時折恋をし、仕事に行き、庭仕事をして、ご近所さんと挨拶する…。

 しかし、実はこんなごくありふれた毎日は、すべて作り物だったのだ!

島と、それを囲む海自体が巨大なスタジオセットで、家族も友達も皆俳優が演じていた。トゥルーマンは、誕生の瞬間から、リアリティショーに出演していたのである。そして知らないうちに、全世界で彼の人生が生中継されていたのである。

 視聴率や関連商品の売り上げは凄いことになっていて、日本のお茶の間でも放送されているほどが。世界中の人々が、トゥルーマンの人生に一喜一憂しているのである。

 しかし、ある時、トゥルーマンはこの世界の不自然さに気づき始める・・・。

昔の恋人の一人は、トゥルーマンに、この世界が偽物であることを教えてくれようとした。しかし、彼女の父親のふりをしたスタッフによって「彼女は精神病だから、こんな妄想を言うんだ」と引き離されてしまった。

 トゥルーマンは、昔に海で父親をなくした(という設定)から、海が怖くて島を離れたことがない。だが、この世界が偽物かもしれないと気付き始めたトゥルーマンは、その記憶を克復して、ヨットで島の外に出ようとする・・・。

 

トゥルーマンショーの監督やキャスト

監督・・・ピーター・ウィアー

出演・・・トゥルーマン=ジム・キャリー

      クリストフ=エド・ハリス

    メリル/ハンナ=ローラ・リニー

    マーロン/ルイス=ノア・エメリッヒ

 大人気のコメディアン、ジム・キャリーが出演することになって、監督は急遽ベテランに替えられたという。

 

トゥルーマンショーの上映時間や日本公開日

  • 上映時間・・・103分
  • 日本公開日・・・1998年11月14日
  • 配給会社・・・パラマウント映画

トゥルーマンショーの感想・見どころ(ネタバレあり)

CMも挟まれるのが面白い

 トゥルーマンショーは、テレビ番組なので、ところどころでCMが挿まれる。といっても画面が切り替わるわけではなく、トゥルーマンの奥さんがさりげなく芝刈り機などをそれとなくアピールするのである。

 だがたまに不自然になる。真剣な会話の最中に「新製品のモココア、人口甘味料を使ってなくて最高よ」と突然喋りだしたりする。その後、「今のは何だ??」とトゥルーマンに問い詰められて、笑ってごまかしながら、めちゃくちゃうろたえる。うっすら汗を掻きつつ、後退していくこの奥さんの演技がなかなか迫真に迫っていて面白おかしい。

 それから、雨降らし部隊が、少しとちるとなぜかトゥルーマンのところにだけスポットライト的に雨が土砂降りになっているのがバレてしまったりする。

 世界の随所に、トゥルーマンをモニターするカメラがこっそり仕掛けられていて、スタッフブースも、公共建物などの立ち入り禁止の場所にあったりする。

神や世界と人間の関係が寓話化されている

 テレビ番組のプロデューサーは、トゥルーマンの住む世界のすべてを創り上げている。いわば創造主の神みたいな存在である。

 誕生の瞬間から彼を見守ってきたプロデューサーはある意味では、おおいなる親のようである。トゥルーマンに何か倒錯した感情移入をみせる。

 それから、この世界が、実は偽物で、私たちは閉じ込められていて、この外に本当の世界があるのではないかとか、実は周りの人たちはロボットか何かで、中身はないんじゃないだろうか、などという違和感は、たぶん誰しもが一度は経験したことがあるものではないかと思う。

 そういう普遍的な感覚に訴えてくるものがあった。

 また、何もこの世界そのものがそっくり偽物というのでなくても、既成の枠組みや自分の思い込みという閉鎖した世界から、外に抜け出してもがくというのも、普遍的な人間の営みだと思う。

 なので、リアリティショーをモチーフにしているからといって、決してパロディ的なものには陥っていなくて、私たちが生きる現実の寓話として、非常にリアルに伝わってくるのが凄いところである。

 トゥルーマンがついに、舟を乗り出して海へ向かい、プロデューサーに差し向けられた嵐を乗り越えて、ふたたび晴れ間に出会うところは感動的だし、その先で、大きな壁につきあたる様子は神話的でもある。

 それは、空色に塗られたスタジオの壁で、文字通りトゥルーマンのいる世界の突き当りである。そこから先には進めないのだ。嵐を乗り越えたと思った舟は、そのカモフラージュされて見えなかった壁に突き当たって止まってしまう。

 しかし、そこにはまた空に上っていくかに見えるような階段もあった。最後には、トゥルーマンはその階段を上がって、外の世界に出ていく・・・。

 これが感動的なのは、やっぱり今いる自分の世界を限界づけている、不可能と思えることでも、意志の力さえ持てば、乗り越えることができるというメッセージと、すべて人工物でつくられた街に住む現代人が、なにか自分の生命に嘘くささを感じてしまうことがあるというリアリティに響いてくるからだろう。

 

まとめ

  今一度この名作映画を見直してみたけれど、これは何かしたいけれど、勇気がなくて今一歩踏み出せなかったり、世界の中で居心地わるさを感じたりした時に観るのがおススメな傑作であった。それから、ジム・キャリーってでかい笑いが目立つワイルドでギラギラした、日本のお笑い芸人も通じる泥臭い雰囲気を持っているんだが、この映画を見ていると、それがなぜかどんどん恰好良く見えてきてしまうから不思議。名演技でした。

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