2013年下半期に芥川賞を受賞した、小山田浩子さんの「穴」を読みました。
タモリがパーソナリティをやっていた「世にも奇妙な物語」とかいう番組がありましたが(今も時々やってるのかな??)
あの感触・・・。
「ホラー」とか「怖い」「異次元」までいかないんだけど、何かどこかが違っている、間違い探しみたいに、どこか決定的に変な”奇妙”さ漂う作品でしたー・・・。
でば、感想とあらすじなどをば。
「穴」の登場人物
- 私
アラサー。非正規で働いていたが、夫の転勤にともなって、県北部の田舎の方に引っ越すことになった。
同時に仕事も辞めてしまい、毎日暇なことに罪悪感を感じつつ過ごしている。子供はまだいない。
- 夫(宗明)
読んでいて、そんなに特徴はない夫(笑)
なんだか、あまり存在感がない・・・。
- 義母
感じのよいお姑さん。まだ働いている。
- 義兄(??)
夫の兄だと自称する、謎の中年男。夫の家の敷地内のおんぼろな小屋で、一人で暮らしている。饒舌。言葉遣いは丁寧。
- 動物
犬でも狸でも猫でもない、謎の動物。近くの空き地に穴を掘っている。
「穴」のあらすじ
私は、非正規で働いている既婚アラサー女。
今度、夫が今住んでいる県の、県境のあたりに転勤になったため、一緒に引っ越すことになった。
引っ越し先は、夫の実家である。
実家なので、家賃も払わなくていいし、お姑さんは気立てのいいひとなので、かなりよい条件である。
実家は、草むらや泥に囲まれた、田舎。
暇になってしまった私は、毎日働かないでよいことに、罪悪感のような虚脱感のような、それよりはもうちょっとうっすらしたものを感じている。
子供がいたら違うのかな?などとも思う日々。
ある日、近所を散歩していたら、変な動物を見つけた。
犬でも猫でもない。謎の動物。
その後ろを追って歩いて行くと、ずっぽり穴に落ちてしまう。
その穴は動物が掘った穴だった。
またある日、現れた動物を追って、実家の裏手にまわると、そこには謎の掘っ立て小屋があり、いつかコンビニで見かけた痩せた中年男が突っ立っていた。
その男は、自分は、きみの夫の兄だ、と言い張る。
でも、隠されているメンバーだし、自分と一緒にいるのを他の家族とみられるとまずいという。
そうした謎に囲まれつつ、夏の鬱蒼としたエネルギーに囲まれた日は淡々と続く・・・。
家のおじいさんは、いつでもホースで水を撒いている。
これも何か奇妙な風景として、迫って来る・・・。
「穴」小山田浩子作の感想
文章の巧さはぴか一!
兎に角、文章は本当に上手いな~~と思わされました。
特に風景描写。
田舎の、少し不気味な草っぱらの様子が描かれているのですが、例えば以下のような感じ。
獣は傾斜のそこまできつくない土手をぽこぽこと降りた。どうも蹄があるようだった。脇に生えている尖った草が私の肌を撫でた。川面が黒く光ってちらついた。一歩進むごとに無数の何かを踏み砕く気配がした。虫か、その死骸かもっと別の動物かゴミか履物か、糞か蠅か、それが次々と私の靴の下でしなり、砕け、めりこんだ。蝉の声が平板に繰り返された。きゃああ、きゃあという子供の歓声が遠くから聞こえた。草むらには古雑誌や空き缶などがまぎれていたが、それも、濃い緑色の中に混じるとまるで天然自然の何かのように見えた。
主人公がしていることは、獣を追いかけて、ただ平凡な土手をくだっていくだけなのです。
それだけなんだけど、主人公の足元で砕ける「無数の何か」を感じてしまう感性がここにあります。
平凡な土の下に、実は無数の虫だか動物だかゴミだか分からない、不気味なガラクタがひしめいているという状態。
それが、可視化されるほどに、鮮明なイメージとして体感されています。
こういう調子で、単なる田舎の一軒屋の裏手、とか子供たちがはしゃぐ土手、とかなんです。
いっけん日常の風景・・・・なんだけど、じーっと凝視していると、だまし絵みたいになんだか非日常な不気味さがジワ―っと浮き上がって来る感じ。
文章は簡潔で無駄なくて、見ているところが細かくて、ともかく上手です。
登場する人々も、どこか不気味
風景だけではなくて、登場する人達も、全員ではないんですが、何とはなしに不気味さを漂わせています。
特に、夫の兄だと名乗る謎の中年男と、義祖父。
実家の裏の、小さな掘っ立て小屋で人知れず暮らす中年男、なぜか子供たちに「センセイ」と呼ばれている男は、たぶん、この物語に出て来る、謎の獣と存在がダブらされています。
どっちも、実は日常の中でウロチョロしている。
でも、なぜかみんな、それを当たり前のことに捉えつつ、矛盾することには、その存在を完璧に無視して過ごしているんです。
だけど、その無視されている存在は、いつの間にか近くに穴ぼこを掘ったり(動物)、掘っ立て小屋を作ったりしていて、主人公のような「見ないフリされているものを見てしまう人」は、その存在を直視したり、その動物が掘った穴に落っこちてしまったりするんでしょーね。
動物は、皆が見ないフリしているけど日常に紛れているもの」の象徴だと思います!
そして、義祖父も、90歳を超えていて、なぜだかいつも水まきをしている。
しなくてもよさそうな時でもずーっと水を撒いてます。
耳も遠いので、会話も半分くらいしか通じません。
コミュニケーションが半ばとれない、という点では、義祖父も、動物や中年男と同じ、半分異界の存在として捉えれれてる感じです。
で、義祖父が亡くなると、なぜか中年男も、小屋から姿を決してしまいます。
・・・だから、なんと義祖父と中年男、この二人はなんとなくリンクしているような感じがする。
顕在的には繋がりはハッキリ書かれてないんですが、どこか潜在意識下で、存在がダブってる感じです。
いつの間にか潜在意識へもぐりこむような感触
そんなわけで、この小説では、日常からいつの間にか無意識とか夢の世界にスライドしていくような、その二つがゆっくり混ざって段々見分けがつかなくなるような、なんともなんとも奇妙~~な世界が描かれています。
特別な筋もなくて、割と淡々と唐突に終わっちゃうのではありますが。
「穴」は面白かった?
文章はうまいなーと思いました。
あと、こういう奇妙な世界は、好きな人は好きと思います。
ちょっとだけ安部公房なんか思い出しました。
安部公房の方が、色々ちゃんと仕掛けが出てきますけどね。
この小説は、特に、砂の穴とか段ボール箱暮らしとか、そういう仕掛けはないです。
なんでその分インパクトに欠ける気もしますが・・・。
個人的には、奇妙なものの描写だけなので、ちょっと物足りない感じがしました。
これが例えば村上春樹ワールドだったり、直木賞系のエンタメ作品だと、ちゃんと奇妙なものが、もっと物語として展開されて、起承転結が起こるんですよね。
でも純文学だと、ストーリー展開しなくてもいいので、特にストーリーがなくても許されてしまう。
で、ストーリーがないなら、ないだけの面白さが文章の魅力などで欲しいのですが、そこまでのものはなかったような気もします。
なんか上から目線(??)汗
個人的感想ですけどねえ。